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僕ら日本国民にとって、民主主義は勝ち取ったものではなく、
与えられたものであることは、肝に銘じておきたい。もちろん、 与えられた民主主義ではあるが、懸命にそれを自らのものにしようと 努力した人間もいる。映画監督浦山桐郎なんかが、その代表選手ですね。 頭が下がります。ちょっとからかってみたい気がしないこともありませんが。 とうとう来る所まで来てしまった感があります。 60年間護り通して来たってゆうか、与えられたままだった 「平和・民主・平等」の輝ける!戦後民主主義の理念が、葬り去られ ようとしている。与えてくれたのも米国なら、葬れと命じるのも米国だ。 この僕のエントリーを読むあなたが、もし、まことの愛国者であるならば、 敢然と「護憲」に立ってほしい。米国の強要を撥ね除ける側にまわってほしい。 ![]() 夕方5時から、国会議事堂前で 第3波「ヒューマン・チェーン」が 催されます。因みに、左のビラは、 第2派のものです。 仮面の愛国者、米国御用達総理大臣 安倍晋三クンに向かって、 教育基本法改悪ハンタ〜イ! 安倍晋三は恥を知れえ〜! と叫ぶパフォーマンスです。 面白そうでしょ。面白いんです。 第2波のときは、5千人集まり ました。参加しましょう。 数の横暴に対しては、 数の抗議で対抗するっきゃない。 民主主義が奪われたら、奪い返す っきゃない。 私たちの望むものは 生きる苦しみではなく 私たちの望むものは 生きる喜びなのだ 私たちの望むものは 社会のための私ではなく 私たちの望むものは 私たちのための社会なのだ 私たちの望むものは 与えられることではなく 私たちの望むものは 奪い取ることなのだ 私たちの望むものは あなたを殺すことではなく 私たちの望むものは あなたと生きることなのだ ![]() 今ある不幸せに とどまってはならない まだ見ぬ幸せに 今跳び立つのだ では、12月6日、水曜日。夕方5時に、国会議事堂前で。 ![]() あなたも、太陽の下で。 民主主義の原点に、立とう。 ▲
by blog-blues
| 2006-11-30 17:26
| 音楽狂室
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先週13日のNHK総合「プレミアム10」は、
喜劇王チャーリー・チャップリンの特集で、就中、「独裁者」を フィーチャーしていた。そして16日深夜には、NHK-BSで本編の放映があった。 この一連のプログラムは、放送命令が下る中、NHKスタッフの良心のメッセージ だろう。しっかり受け取ったぜ。がんばれNHK、負けるなよ。 「独裁者」は、ファシズムの嵐が世界中を席巻していた、1940年の 製作公開。笑いと涙のチャップリンが、怒りを露にし、独裁者ヒトラーを こき降ろした、痛烈なパロディ映画。反ファシズムの不滅の金字塔である。 もちろん、「ハンガリアン舞曲」に合わせてヒゲを剃る、爆笑必至の パントマイム仕込みの至芸を披露するなど、喜劇王ならではの愉しい場面も 随所に盛り込まれてはいるが、圧巻は、何と言ってもラストシーンに尽きる。 独裁者に成り済ましたユダヤ人の床屋(チャップリン二役)が、 意を決し、化けの皮を自ら剥いで語りつづける、6分間に及ぶ演説場面。 映画的意匠をかなぐり捨てた、人間チャーリー・チャップリンの魂の叫びであり、 今なお感動と論議を呼んで止まない、映画史上屈指の衝撃的ラストシーンである。 その字幕スーパーを、書き移してみたい。 ![]() (*居並ぶ兵士を前に恐る恐る切り出すが、語るほどに熱を帯び…) 悪いが皇帝にはなりたくない ごめんだ 支配も征服もしたくない できれば助けたい ユダヤ人も黒人も白人も 人類は助け合うべきだ お互いの幸せを願おう 憎み合ってはならない 世界は豊かで みんなが生きていける 人生は自由で 美しいはずなのにー 道を見失った 強欲が人間の心を毒し 憎悪の垣根を作りー 悲惨と流血を招いた 世のスピード化が 我々をとじこめー 機械が物欲を増進する 知識が人間を懐疑的にし 知恵が非情にする 思考より感情 機械より人間性が必要だ 大事なのは知恵よりも 優しさと思いやりだ 真心がなければ 暴力しか残らない 飛行機とラジオは 我々を結び付けた この発明を使い 人類の良心に訴えればー 世界を一つにできる 今も私の声が 全世界に届いている 失意の多くの人々に 拷問に苦しみ 無実の罪を嘆く人々に 彼らに伝えたい “絶望するな”と 悪夢はいずれ消えるだろう 人類の進歩に 恐怖を抱く者は滅びー 独裁者は死に絶えるだろう 権力は民衆の手に戻る 自由は決して滅びない 兵士よ 諸君を奴隷にする残虐者に手を貸すな 自分で考え感じるのだ 誰が諸君を家畜のようにこき使い 見捨てるかを そんな連中に従うな 機械の頭と心を持つ連中に 諸君は機械でも家畜でもない 人間だ 心には愛がある 憎み合うのは 愛と人間性のない者だけだ 奴隷になるためでなく 自由のために戦おう 聖書いわく “神の王国は人々の中にある” 一人ではなく みんなの中にある 諸君は力を持っている 機械を作り 幸福を築く力を 自由で美しい人生を 創造する力を 人生はすばらしい 民主主義のために みんなの力を一つにしよう 新しい平和の世界のために 戦おう 青年に仕事と未来を与え 老人に保障を与えよう 独裁者もそう言って 政権を取った だが約束は大ウソで 守る気はない 独裁者は野望に燃え 民衆を奴隷にした 戦おう 約束を果たすために 自由な世界のために 国境をなくして 野望と憎しみを追放しよう 良識のために戦おう 科学と進歩が 人類を幸福にしてくれる 兵士諸君 民主主義のために一致団結しよう! (*兵士への訴えから、恋人への呼び掛けに変わり…) ハンナ 聞こえるかい? どこにいても負けるな 雲が消えて 太陽が顔を出したよ 暗闇から光に出られた 新しい世界の 輝かしい幕開けだ 強欲と憎悪と暴力から 人類は立ち直れる 勇気をお持ち 人間の魂には翼がある 今こそ飛び立とう かなたの虹に向かって 希望の光をめざして すばらしい未来が 君と僕を待っている みんなを待っている ハンナ 元気をお出し がーん!来るでしょ。来るものが、あるでしょ。で、何か 連想しませんでしたか。そう、ジョン・レノンの「イマジン」そっくり。 「日本国憲法」とも、瓜二つと言っていい。もしかすっと、憲法制定に関与した GHQのスタッフは、チャップリンのメッセージに、深い感銘を受けていたのかも 知れない。そう言えば、この演説、右派からは共産主義と叩かれ、左派からは 情緒的と詰られた。そんな評価のされ方も、日本国憲法と同じ、ですね。 恐ろしいのは、これが、安倍政権に対する抗議声明として読んでも、 ほとんど異和感のないことなのだ。ね、そうでしょ。異和感ねえよな。 誇張でなく、いま日本は、民主主義そのものが危機にあると思う。 ファシズムの風が、棚引いている。吹き荒れる前に止めなければ。 僕らの力で。ブロガー諸君、自由のために戦おう。 (1962年米映画、日本語字幕:古田由起子) ![]() あなたも、太陽の下で。 民主主義の原点に、立とう。 ▲
by blog-blues
| 2006-11-21 15:13
| シネマ夜話
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戦後民主主義とは何かと訊かれたら、僕の答えは、コレだ。
♪〜 ツーストライク ノーボールゥ それでもニッコリ 負けないぞォ みんなで進もう 肩組んでェ Baby! ホームランだぜ ホームラン ホームランだぜ ホームラン ホームラン教室ゥ〜 掛け声の「Baby!」は僕の創作。元歌は「ホラ!」ですね。コレをライブでは、 RC風のギンギンのロケンロールで一発かます。「ホームラン教室」。イケてるぜ。 ケンカはあったがイジメはなかった。競争はあったが格差はなかった。 反抗はあったが荒廃はなかった。貧しさはあったが同時に、希望もあった。それが、 戦後民主主義だ。よく知られてるところで言えば、「たけしくん、ハイ!」の世界だ。 ご存知のように、北野兄弟の父親は、読み書きも十分でないペンキ職人だ。 つけ加えれば、今も昔も、東京23区でいちばんビンボーで、この間も物議をかもした 足立区が舞台だ。だが、兄は大学教授となり、弟は漫才師から映画監督へと進んだ。 何も、大学教授がよくってペンキ職人がいけないってんじゃない。 北野兄弟の前に、いろんな可能性が広がってたってことが、素晴らしいのさ。 その可能性を担保していたのが、そう、教育基本法。ビューティフル。 日本国憲法が世界遺産なら、国宝ですよ。日本の子どもたちのタカラモノ。 それを「国を愛せ」と宣う連中が、ぶっ毀そうとしている。ざけんじゃねえ。 彼等が唱える「戦後レジームからの脱却」とは、すでに風化して久しい 戦後民主主義の理念「平和・民主・平等」を、抹殺することなのだ。 ![]() 上掲は、11月10日付毎日新聞の切抜記事。何度も読み返してほしい。 教育基本法が「改正」されれば、イジメはさらに陰湿、深刻化し、犠牲者は 増えつづけるだろう。格差は助長、固定化され、未来は閉じられるだろう。 そうなったら、子どもたちよ!エクソダスだぜ。殺られる前に、逃げちまいな。 ![]() あなたも、太陽の下で。 さあ、反撃を開始しよう。 ▲
by blog-blues
| 2006-11-14 19:36
| 音楽狂室
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11月4日付毎日新聞の切抜記事を掲げる。
![]() 『改正論者の中には「日本人は敗戦ショックから立ち直る必要がある」と言う人が いますが、敗戦ショックで悩んでいる子どもは日本中探しても一人もいないですよ。』 うわははははは。するどいツッコミ。『日本中探しても』のフレーズが、 やたら可笑しい。ツービート時代のたけしみたいだ。ホント、そうなんすから。 『基本的になぜ変える必要があるのか』さっぱり分かりません。 改正論者は、まったくのパープーなのか、それとも、教育基本法に謳われている 「平和・民主・平等」の理念がお気に召さないのか、どちらかだろう。 晋三クン本人の場合は、前者の可能性なきにしもあらずだが、晋三クンの 後ろ楯となっている勢力の意図は、後者にある。すると、改正後は、 「戦争・独裁・格差」ってか。ひえ〜、ブルブルガクガク。 教育基本法改正に賛成の方へ。あなたは、そんな日本に住みたいですか。 子どもたちにそんな教育を与えたいですか。とてもウンとは言えませんよね。 教育の荒廃は、戦後の日本社会がひたすら経済成長を追い求めるあまり、 「平和・民主・平等」の理念を風化させてしまったことにあるのでは ないでしょうか。いま教育に必要なのは、教育基本法の「改正」でなく、 その「理念」に立ち還ることだと、僕は考えます。 「権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!」が、案内してくれています。 教育基本法本文、そして制定の要旨を説いた、時の文部大臣による 文部省訓令をお読みください。ほら、やっぱりあなたも、僕と同じ 感想を抱くでしょ。こんな美しいものを毀しちゃいけない。 『戦後、日本の教師たちは、教育基本法にある平和、民主、平等の三つの 主義・理念で社会を建設するという使命感と献身性で社会に尽くしてきました。』 もちろん、教師個々の資質にも依りますが、僕自身の体験に照らし合わせても 肯づける指摘です。右派の方は、日教組の「赤色教育」が教育を荒廃させたと 主張しますが、それが事実なら、荒廃極まる今日、「赤色教育」は隆盛を誇り、 日教組はわが世の春のはず。実際は、真逆ですね。日教組が影響力を保持 してた頃は、まだ教育の荒廃は見られなかったのが、影響力の低下とともに、 荒廃が立ち現われて来た。それが、紛れもない事実です。 戦後民主主義を体現するキャラクターとして描かれ、日本映画史上忘れられない 印象を残す教師像、「二十四の瞳」(1954年)における高峰秀子の大石先生、 「愛と希望の街」(1959年)における千之赫子の秋山先生、 「キューポラのある街」(1962年)における加藤武の野田先生、いずれも 映画が国民的娯楽だった時代の観客の圧倒的共感を得た。誰も「こんな先公いねえよ」 とは思わなかった。映画黄金時代と軌を一にする、戦後民主主義が輝いていた頃の 先生に対する一般のイメージと見事に重なっていたのですね。 とっくのとうに、そうなのかも知れませんが。教育基本法改正後は間違いなく、 大石先生のような、秋山先生のような、野田先生のような先生は、教壇に立って いられなくなる。そんな学校に、そんな教室に、どんな希望があると 言うのだろう。教育基本法を「改正」させては、断じてならない。 追記:「二十四の瞳」については、今夜10時からの「NHKスペシャル」にご注目。 「映画監督木下恵介〜二十四の瞳・弱き者への愛と踏みにじる者への怒り」 です。期待大!「NHKスペシャル」は現在、テレビ界で唯一無二と言って いいと思う、反新自由主義のスタンスで闘っている。これは、応援せねば。 追記2:つい今しがた(13日23時)見終えたばかりです。NHKの「プレミアム10」。 誇張でなく、日本の民主主義が危機に瀕してる、いまこの時に チャップリン映画、就中「独裁者」。NHKスタッフの良心と勇気に 圧倒的なエールを贈るぜ。いいぞー、放送命令なんて、蹴っ飛ばせ! ![]() あなたも、太陽の下で。 民主主義の原点に、立とう。 ▲
by blog-blues
| 2006-11-07 13:49
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