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先週末のことである。町の図書館へ行ったら、折よく
リサイクルフェアをやっていた。そこに、ぬ、ぬあんと、 三一書房刊の福田善之作品集「真田風雲録」があった。ソッコー、ゲット。 福田善之。僕にとっては、特別な劇作家である。 生まれて初めて新劇の舞台を観たのは、 高校1年だったかな、学校の文化行事で 演劇鑑賞会が催されたのだ。その演目が 福田善之作「袴垂れはどこだ」だった。 テーマもストーリーもほとんど覚えてない のだが。迫力満点、黒澤映画のような劇しい 作品だったことは、確かな劇体験として今も 胸にあり、以来、作者の名も刻まれている。尤も その後、舞台では一作品も観てませんけどね。 あちゃ。 その福田戯曲の中で、最も有名なのが「真田風雲録」である。 作者自ら脚色したシナリオを仁侠映画の名匠加藤泰が映画化した。 これがまた、無類の面白さ。僕の青春期、学園祭の定番上映作品だった。 福田善之本人は否定しているが、60年安保闘争に於ける 代々木VS反代々木の路線対立を、大坂の陣に於ける大坂城内での 豊臣勢VS牢人勢の路線対立に重ね焼いた、講談ディスカッションドラマ。 ブレヒト流異化効果の冴え。めっちゃ面白そうでしょ、めっちゃ面白いのです。 真田幸村と十勇士の面々が、蟄居する紀州九度山から戦雲棚引く大坂へ、 出陣を決める場面の討論と、それにつづく劇中歌は、胸をときめかせて止まない。 一人一軍、独立愚連隊魂の発露だ。 根津甚八「問題は、こんどのいくさの本質をどうとらえるかにある、と思う。 おれの意見では、徳川対豊臣、という問題のたてかたがまず決定的に まちがいだ。錯覚だ。」 穴山小助「なぜ。」 根津甚八「第一に、両者の争いなら関ヶ原でけりがついてる。 現在の豊臣に徳川と互角にたたかえる力はまったくない。 第二に、両者に支配者として、本質的な差がないこと。 大名百姓武士町人、すべての自由を圧殺して独裁支配を固めんとする 徳川の政策は、ほんらい豊臣秀吉からうけついだものだからだ。 第三に、そして最後に、すべて二つの陣営の対立に還元して考える 考えかたそれ自体が、まったく不毛だからだ。そこからは、 おれたちが、おれたち自身の未来をどう考え、どうつくってゆくか、 そういう自前でものを考える根性が、まったく出てこない。」 海野六郎「ふむ。」 根津甚八「それこそ、おれたちが、おれたちじゃなくなることじゃないのか?」 筧 十蔵「だから、そのおれとは。」 根津甚八「おれたちは武士でもない百姓でもない、 ちゃんときまったものではない、あっちへふわふわ、 こっちにふらふら、が、それがなぜ悪い?え、現在がっちりとは なにものでもあり得ないということは、すいすいすだら何ものでも あり得るのだ、自己規定が必要ならおれたちはまさしく浮浪人、 浮浪人のどこが悪い、え、浮浪人が天下をとって、なぜ悪い。」 海野六郎「天下。天下か。」 根津甚八「永久的安定政権をめざす徳川に叛旗をひるがえしたのは豊臣である。 が、豊臣秀頼に父秀吉の器量なく、また頼るべき大名もない。 いわば、このたびのたたかいに豊臣勢の実質的中心となるのは 諸国より蝟集する浮浪人ではないか。われわれではないか。 すれば、勝利のあかつきに来たるべき政権の形は、」 真田幸村「未知数、ではあるな。」 根津甚八「浮浪人政権をうちたてたとき、浮浪人はすでに浮浪人ではない。 そのときおれたちがなんであるかは、そのときになりゃわかるのだ。 以上、要約すればつぎのとおり。 一、このたびのたたかいを徳川対浮浪人のたたかいと規定する。 二、われわれは豊臣勢を利用して徳川を倒しさらに豊臣をも倒し、 おれたちのおれたちによる政権を打ち立てるために 豊臣勢に参加すべきである。浮浪人を評価せよ! このさい関ヶ原残党的感傷は無益かつまったく有害である。以上。」 《中略》 真田幸村「ふむ。…よし、ではそろそろ結論を出すか。 だがまだ意見をいっていないものもいるな。」 三好清海「三好清海、参加に同意。」 海野六郎「海野六郎同意。」 根津甚八「根津甚八同意、ただしー」 筧 十蔵「そうだ、おれも同意だ。同意だが、」 真田幸村「待て、待て…多数決できめる問題じゃなさそうだ、これは。 だいたい、わしはお前たちの主人ではない。お前たちは本来、 いわば勝手にあつまって勝手に共同生活を送りはじめただけだ。 …こういうことにしよう。要するに、 行きたいやつは行くがいい。行きたくないやつは行かんがいい。 そして行きたくないやつに行けと強いないこと、 また、自分が行きたくなくても、行くやつをさまたげぬこと …そうだな、そしてだ、行くときまったやつは 今後一応真田隊として行動をともにすることになるわけだが、 そのときもこの式で行こうじゃないか。何事につけ、 やりたいやつはやり、やりたくないやつはやらぬ…」 ![]() イッツ・ロケンロール!てんでカッコいいぜ。
by blog-blues
| 2009-04-17 14:32
| 文学の風
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Trackback(43)
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Comments(9)
あぁぁぁ、トラバ送る記事間違えてます。正しいのを送りなおします・・・。
このエントリは、ほぼ何も言うことはございません。「インディビジュアリズム」ですね!ロックだ!
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Bluesさんこんにちはー。
しかし、徳川は豊臣も浮浪人も打ち破り三百年の泰平を打ち立てます。考えてみれば秀吉は浮浪人ですらなかった馬の骨ですが、天下を獲って後晩年は酷いに尽きました。浮浪人政権が秀吉政権みたいにならないか心配です。
こどものころ見た、大河ドラマの『太閤記』で竹中半兵衛の役をやった人かな?
読者のみなさんへ。す、すんまへん。引っ越しでネット環境になくて、今やっと開通したような次第で。遅ればせながら、お返しのTBとコメントしますね。諸般の事情で、長年親しんだMacんが使えんようになって。勝手の違うWindowsで、フィーリングが合わんのですが。ま、ぼちぼちやっていきますので、あらためて、よろしく。
「がリンがリン人生」へ。やあ、どうもです。いいっしょ、真田風雲録。映画ではね、ミッキー・カーチスが由利鎌之助の役で、時代劇なのにギター抱えて登場したりするんだよ~ん。
「政治と歴史とティルトウェイト」へ。コメント、アリガト。「浮浪人政権が秀吉政権みたいにならないか心配」しても始まらないでしょう。酷い政権だったら、また打ち倒せばいいだけのこと。
「みんななかよく」へ。コメント&貴ブログでの紹介、ありがとうございます。それは、緒方拳主演のやつですね。福田善之は、役者は演ってないと思うけどなあ。
徳川VS豊臣という問題のたて方がまず決定的に間違っている。錯覚だ!というのがかっこいいです。
問題の立て方を間違うとそこから先の道がまるで意味のないものになってしまうと思いました。 自民か民主か!というのが、まったく無意味な問題のたてかただと、 この言葉を見て再確信!しました。 福田さんの役者業についてですが、役者さんもやっておられたようです。 ウルトラマンかなにかの博士役をしておられたとか。 竹中半兵衛についてはかかれてませんでした。(せっかい婆より)
「京都ごろごろ案内」へ。ようこそ、いらっしゃいませ。『徳川VS豊臣という問題のたて方がまず決定的に間違っている。錯覚だ!というのがかっこいいです。』やっぱ、女将だね。フィーリングが合うんだよなって、死語もいいとこですが。真田風雲録は、デラシネの思想なんだ。カッコいいに決まってるぜ、ベイベエ!で、風雲録の次は、川上音二郎の壮士劇に題材を採った「おっぺけぺ」って作品なんだけど。これが、また、劇しい。自由民権の闘いが日清戦争賛美の国権主義に雪崩れて行く様を描いて、胸を衝かれてしまう。福田戯曲は「敗者の物語」なんですね。ほう、そうでしたか。それは、カンダのダンナに申し訳ないリコメントしちゃたなあ。
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