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十年位前まで、立川談志という落語家が嫌だった。
なんか角が立っててさ、僕が落語に求める、リラクシゼーションが なかったよ。弟弟子の小三治のほうが、いかにも落語家らしく春風駘蕩、 僕の好みだった。それが、ここに来て、談志に惹かれる自分が、いるのだ。 漱石が弟子の鈴木三重吉に与えた訓戒がある。 『…文学を以て生命とするならば単に美しいといふ丈では満足が出来ない。 丁度維新の当士勤王家が困苦をなめた様な了見にならなくては駄目だらうと思ふ。 間違つたら神経衰弱でも気違でも入牢でも何でもする了見でなくては文学者に なれまいと思ふ。文学者はノンキに、超然と、ウツクシがつて世間と相遠かる様な 小天地ばかりに居ればそれぎりだが大きな世界に出れば只愉快を得る為めだなどとは 云ふて居られぬ進んで苦痛を求める為めでなくてはなるまいと思ふ。 …僕は一面に於て俳諧的文学に出入りすると同時に一面に於て死ぬか生きるか、 命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやつて見たい。 それでないと何だか難をすてて易につき劇を厭ふて閑に走る 所謂腰抜文学者の様な気がしてならん』。 これが、談志落語の精髄なのだろう。漱石の語る「文学」の箇所を 「落語」に置き換えて、読んでください。ほら、ね、どんぴしゃり。 最早、趣味云々の問題ではない。「覚悟」を賞でたい。対象が文学であれ、 落語であれ、それに取り憑かれた人間の「業」なのであろう。 家元曰く『落語とは人間の業の肯定である』。 ![]() いたく感動した。一席演じる談志の「富久」の「芝浜」の「文七元結」のバックに、 ブルースハープが被るのである。見事にまた、嵌るのである。ヤバいっす。 思うに、捨て身、抜き身で、生きて来た人なのだろう。それが、 どれほど秋霜苛烈な生き方であるか、いま有り有りと感得できるのだ。 黒澤映画「椿三十郎」で、家老の奥方が、三十郎を諭す名台詞、 『本当によい刀は、鞘に収まっているものですよ』。これが「世間」である。 収まれるものなら収まりたいよ。談志本人、そう思ってもいよう。 然るに、収まり切れない、自分がいる。「業」である。 番組の中で、忘れ難いシーンがある。贔屓の招きに応じ、 九州まで出向いた談志が「富久」を演じる。会場となった寺の本堂は、 談志ファンで立錐の余地もない。客は笑う。噺の流れに関係なく。 遠来の名人に対する、それが儀礼であるかのように。談志師匠、ここで ブチ切れるのである。『笑うとこじゃねえ』。これを談志の不遜と見るか、 誠実と見るか。人間観の問題である。僕は、誠実と見る。 甲本ヒロトの談志評が面白い。独特のゲイっぽい口調で、こう語る。 『優しいんです。優しそうじゃないの。優しそうな人って嫌な人多いじゃ ないですか。ぼく、優しそうな人あんまり好きじゃないんだ。でも、 優しい人は好き。談志さんは、優しい人だと思うよ』。 そう言えば中島らもも、生前しきりと談志に会いたがっていた。類は友を求む。 『自分の幸せの基準がない奴ってヤだな』。ふと洩らした 家元の独白は、自由への長い旅を続ける者の最初にして最後の根拠だ。 近頃の流行りものの一つに、「ちょい不良(ワル)」がある。 なんて卑しい風潮だろう。触れれば火傷する。それが、不良(ワル)の正体だ。 栄光と悲愴である。微温的な不良(ワル)など不良(ワル)じゃねえ。 落語立川流家元、立川談志その人こそは、不良(ワル)の中の不良(ワル)、 触れれば火傷する。栄光と悲愴の噺家一代である。
by blog-blues
| 2007-05-08 16:45
| 文学の風
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Trackback(15)
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Comments(9)
こんにちは~、ご無沙汰してます<(_ _)>
「立川談志〜71歳の反逆児」の放映は先月の 4月19日だったのですね。おまけに? ^^BShi ではみたくてもみれなかった>< 私も立川談志は最近まで自分に合わないと思っていました。でも、blog-bluesさんのこのエントリーを読んで、なぜ今までそのように思ってしまっていたのかわかったように思いました。 そうなのです。強烈なのです、あまりにも。。。 >思うに、捨て身、抜き身で、生きて来た人なのだろう。 ぬるま湯につかって、仕方ねえやとつぶやきながら生きている自分には近寄りがたかったのか?・・かもしれない・・ >触れれば火傷する。栄光と悲愴の噺家一代である。 みたいなあ~見なけりゃならぬ! 再放送を見逃さないようにします。
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「私もひとこと言ってみる」へ。やあ、どうも、お久しぶり。よくおいでくださいました。うれしいな。だうもね、政治以外のネタをふるってえと、まるでこの、反応がありませんな。こうゆうのはシンゾーによくない、アイム・ソーリーってなもんで。つまんなかったですね。えー、そうなんです。僕もね、本文に書いた通り、以前は談志がダメだったんですけどね。とにかく、この番組は、魅力がありますよ。ディレクターのセンスが秀逸で、ナレーターがなんと、西田尚美なんですから。ご一覧あれ。リンク貼らせていただきます。あらためて、よろしく。
初めまして、よろしくお願いします。ところで、TB送ったのですが、2重になってしまっていましたので、お手数をおかけして申し訳ないですが、片方を削除お願いしますね。
まったく、民主党は「何をしやがんだ」ですわ。では、これからもよろしくお願いします。
>談志ファンで立錐の余地もない。客は笑う。噺の流れに関係なく。
う〜ん、これはちょっと驚きです。芸人に芸に自信があればバカにされたと思うでしょうね。談志がぶち切れるのも分かる気がします。観客もサービスに慣れすぎてスポイルされているのかもしれないけれど。
TBが2つになっちゃいました。なんでだろう?すみません。申し訳ないですが、1つは削除してください。よろしくお願いします。
「torayokoのつれづれ日記」へ。はじめまして、ようこそおいでくださいました。いいんですよ、いちいちおことわりがなくても、善処しますので。反新自由主義・護憲を唱えながら民主党を支持する、期待する左派・市民派のブロガーの多くは、民主党の事実を見ないで、マスコミの二大政党制キャンペーンを無批判、或いは無自覚に受け入れちゃってるんだと思います。それって、超ヤバいんでね。おかしいことはおかしいと、指摘して行きましょう。
「メロディ」へ。いやー、尾崎につづいて、談志へのコメント、うれしいです。あなた江戸っ子だから、やはり落語好きなのかな。談志師匠は、高座は噺家と聴衆の真剣勝負の場だと性根を据えてるんで、客に対しても、強く求めるものがあるんでしょう。番組の中でも言ってたもの。「いまの大衆には落語は通じねえ」って。大衆不信なんでしょうね。あなたも石原三選で同様な念いを抱いたから、師匠の気持ちが理解できちゃうんじゃないのかな。尤も、師匠は慎太郎クンと昔なじみで友人ですけどね。
私は、談志は嫌いなのですよ。聴いてて、面白いと思ったことが一度もありません(といっても、ここ10年ほど聞いてないけれど)。結局、この男が、志ん生の真似をしたがっていると言う事が一番の嫌いな原因かもしれません。
円生、文楽、米朝、志ん生、志ん朝、最近では、繁昌亭に通うようになり、生きのいい若手を聞くようになりましたが、みんな、努力してますよ。 「大衆」のところへ届けようと。「大衆」あっての落語。芸です。 「芸人に上手も下手もなかりけりゆく先々の水に合わねば」という狂歌もありますが。 もしも「今の大衆には落語はつうじねぇ」と本気で思っているのなら、それは、下手なだけなんだと思います。 ホントに、私は一度としてうまい、面白いと思って聞いたことがないんだから。 失礼なコメントでごめんなさい。せっかくTBまでしてもらったのに、申し訳ない。
「漫望のなんでもかんでも」へ。コメント、ありがとうございます。いえいえ、僕もずっと、談志嫌いだったから。でもね、このドキュメンタリーは、ホント、胸を打つものがあったんですよ。彼はね、ものすごーく、自分にきびしい。だから、他の芸人、自分の弟子、聴衆にも、同じっくらいきびしさを求めちゃうんだと思う。その孤独の哀しみが惻々と伝わって来る、いい番組でしたよ。
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