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僕の本性はRollin' Stone。
転がり行くものには相身互いで、 とりあえずフォローの姿勢だ。 おっ、サリンジャーっぽいってゆうか、最近の若手の芥川賞作家 みたいじゃん。イケてるプロローグ。 都知事選の告知後、数日経ったある朝。 朝刊といっしょに選挙公報が配達されて来た。 有力泡沫に関係なく僕は、紙面に並べられた順に最後まで読んで行った。 トップバッター紀章クンの文面がしっかりしてたのが大きい。 ハナでつまずくと読む気が失せるからね。 2番手が、前回エントリーで紹介した史郎クン。 ブログ仲間である「庶民も立ち上がるぞ!勝手連」の方々より、 クレームは沢山頂戴したが、「民主党+無党派層の反石原統一候補は 有権者を愚弄するもの、正当性・正統性がない」という根源的批判に 対しては、回答ゼロ。あちゃ。 と剽気て、次に行かないと「BLOG BLUES」の世界は崩れるのだが。 事は、戦後日本が曲がりなりにも護って来た「平和・民主・平等」を失うか どうかの瀬戸際。ホントか。あえて崩すことにしよう。 外山コーイチくんは、ちょっと待っててね。 正確には1通いただいた。「権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!」からのコメント である。僕のエントリーは、乱暴な言葉遣いや剽気た言い廻しで意匠されているが、 実は、論理性・倫理性を支えとした、バリバリの正論なのである。ホントだってば。 「権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!」は、意匠の下から余さず本意を 読み取っていた。愛読者は、まことに以てありがたい。panta先生に、深謝。 問題は、石原三選の原因を捉え、結果を踏まえ、僕ら左派・市民派ブロガーが今後、 いかに考え行動して行くかだ。国民投票法案は、今国会で成立するだろう。 最早、ぎりぎりいっぱいの土俵際なのだ。 都知事選で史郎クンを担いだ無党派層の中核は、生活者ネットワークである。 左派・市民派ブロガーと、ずばり立ち位置は重なる。自身に引き付けて読んで ください。因みに、僕の家はCOOPの会員であり、市議選では生活者ネットに 投票している。ほんの少しだが、選挙運動を手伝ったりもする。 史郎クンの集会に、障害者やその支援者が多かったのは、地域の障害者自立施設の 世話人を生活者ネットが務めているケースが多いからだ。僕の友人が関わっている のは木工所だが、よくパン屋さんとかもあるよね。 今回の生活者ネットの選択は、誤りだったと僕は考える。論拠は既述の通り。 生活者ネットを真ん中に、右に民主党、左に共産党のブリッジ共闘で、 反石原統一戦線が形成されるのがベストであったし、それを模索もしたであろうが、 ベターは断然、共産党との統一戦線であった。 新自由主義・改憲勢力に対抗できる僕らの、最大にして最後の、唯一の武器は、 「倫理」である。資金力も組織力も情報力も演出力も、てんで、かなわないさ。 あるのは、ハートだけだよ。正当性・正統性を欠いては、倫理もへったくれもない。 東国原はなぜ勝てたか。いちばんの武器と目された芸能人人脈を一切封印したからだ。 その「倫理」に、宮崎県民はどどっと靡いた。そのまんま東、勝負勘あり。 共産党と民主党の共闘は、土台無理だ。文字通りである。共産党は護憲政党だが、 民主党は護憲政党ではない。だから、基本的にできるわけがない。もちろん政治運動 だから、ケース・バイ・ケースではあり得るし、今回の都知事選においては、 それが強く望まれた。生活者ネットは、何としても薩長同盟に於ける坂本龍馬の 役目を果たさねばならなかった。めっちゃ大役だけどね。 「民主党を護憲の側に引き入れるべきでは…」との意見もあろうが、これまた 到底無理だ。新自由主義・改憲路線は、米国政府の要求であり、日本財界の要求 である。電話やFAXで文句を言う僕らの意見を聞くか、何億何十億というお金を出す 財界の意見を聞くか、答えは言わずもがなである。もちろん文句を言う価値はある。 民主党の立ち位置は変えられなくても、重心を傾けさせることは可能だ。 しつこくプレッシャーを掛けて行こう。ザッツ・デモクラシー。 しかし、願望と事実は全然別物だ。左派・市民派ブロガーにしばしば見受けられる、 主張する言動と選択する行動の乖離は、この認識の不徹底にある。ぜったいに、混同 してはならない。強い願望は、しばしば「事実」にすり変わってゆく。米国に 勝ちたい・勝つべきだ・勝てる。旧日本帝国軍の愚を、僕らは、冒してはならない。 民主党が護憲勢力であってほしい・護憲勢力であるべきだ・護憲勢力だ。なんてね。 お気づきかと思うが、僕は、「新自由主義・改憲」「反新自由主義・護憲」の表記を 用いる。両者が不可分だからである。僕は、9条と同等かそれ以上に、25条を大切に 念う。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。 新自由主義は、この25条を破壊するウイルスである。 新自由主義と憲法を分けて考えることはできない。 共産党と民主党の共闘が成立しないのは、反新自由主義・護憲の立ち位置から見れば、 明らかに共産党に理がある。それはいい。しかし、今回の都知事選のように、 間に立った生活者ネットが、なぜ共産党を選ばず民主党を選んでしまったのか。 共産党は、自らの至らなさを痛感しなくてはならない。 生活者ネットは、ゆるやかな横のつながりである。対して共産党は、 上からガチガチにリードしようとする。とにかく主導権を握りたがる。 「石原みたいなファシストはもうゴメン」そんな市民のプリミティブな念いをも 党勢拡大のチャンスと窺う。実に浅ましい。誰だってキレるぜ、そんなんじゃ。 これは、共産党に非が大きい。一歩でも二歩でもいい、いますぐ市民側に歩み寄れ。 そのまた草鞋を作る人となれ。独善的体質を改めよ。 しかしなお、生活者ネットは、共産党を選ぶべきであった。たとえ自分らの思いが、 党勢拡大に利用されたとしても、いいじゃないか。事は、戦後日本が曲がりなりにも 護って来た「平和・民主・平等」を失うかどうかの瀬戸際であり、石原都知事= 新自由主義・改憲勢力が最も恐れるのは、共産党の党勢拡大だからである。 官僚出身で改革派知事の史郎クンは、大きく括って「保守」である。改革派とは、 旧自民党政治に対する改革勢力であり、グローバリゼーションに呼応したもの。 純一郎クンの「改革」と同根なのです。反石原たり得るわけがない。史郎クンが当初、 石原1期目80点と評したのは、改革派知事の立ち位置から見た「正しい」評価なのだ。 彼が高齢者や障害者の希望の星かどうかは、論より証拠。3期12年務めた宮城県政を 仔細に検討すれば、容易に結論の出ること。候補者自身のアピールや応援団の思い込み だけなら、慎太郎クンだって、「音楽・芸術・文化を大切にする石原さん」ですぞ。 相対的視点を持たず、客観的事実に目を閉じれば、「右翼運動」だろうが「左翼運動」 だろうが「市民運動」だろうが、そこには、必ずやファッショ的傾向が生まれる。 これは禁物だ。各々方、ゆめゆめご油断召されるな。 石原VS吉田の構図にならなかったのを最も喜んだのは、新自由主義・改憲勢力だ。 慎太郎クンの最大最悪の暴政である「管理教育」は、ほとんど争点に上らなかった。 石原VS吉田なら、そうは問屋が卸さなかったはずだ。東京はモンスターであり、 一地方ではない。国政と切り離して考えることなど、到底できるものではない。 「そうは言ってもねえ、いくら『平和・民主・平等』のためでも、いけ好かない男とは 付き合えないわよ」ってな声が聞こえてきそうである。前回エントリーの結びの一句、『彼女を離反させた共産党は、馬鹿である』は、そんな意味である。あちゃ。 と剽気て、おまた。選挙公報の最後、トリに掲載されていたのが、 似非プーの星・慎太郎クンに対し、正真正銘プーの星・外山コーイチくんである。 ![]() 彼の名前は、以前から知っていた。コンビニでよく「SPA!」を立ち読みしてた からね。連載企画の「中森文化新聞」に登場し、ただハネてるだけって印象の当時、 発言自体は、つまらんかった。それが、2年間のムショ暮らしで 自らを研いだのだろう。切れ味出たぜ。都知事選では、 東郷健サン以来の凄玉泡沫ぶりだった。 「政府転覆」。たとえ冗談にせよ、ここまで言い切れるものではない。 模倣を意味する「パスティーシュ極左」と僕は名付けたが、否、極左とて 「日帝打倒」であり、「政府転覆」とは言わなんだ。すると、うーん、 コーイチくんのルーツは…慶安の乱、由井正雪の「幕府転覆」まで遡りますな。 うわははははは。何とまあ、壮大な。このラリパッパ精神は、着々と進行する 国家管理体制に風穴を開けるもの。僕好みのカウンターだ。 実質面に於いても、自身の想定支持層であるプーに対して、 慎太郎クンへのシンパシーを幾分かでも殺いだこと、 政治的関心を幾分かでも高めたこと、ともども立派なお手柄だ。 「学生は学生らしく、学生運動をやりなさい」というおちょくりも流石、 真性プーの星。面目躍如たるものがあります。ヨーシ!異議ナーシ! ほんじゃま、一発。福岡刑務所卒・路上演奏家を名乗るコーイチくんと 対バン張るべ。ストーンズばりのタフでワイルドなロックブルーズで、 「プーのBlues」。よろしく。 ![]() ♪〜 寝不足顔に 風が吹く ここは新宿 午前5時 電車が走り出すぜ さあ逃げろ ゆうべ一晩 やさぐれ呑んだくれ 新宿お利口ばかりじゃ やれませぬ 電車が走り出すぜ さあ逃げろ やけに白っぽい ジュクの朝にゃ Oh!ヴァージン 失くした少女が似合ってら 寝不足顔に 風が吹く 寝不足顔に 風が吹くぜ ここは新宿 さあ逃げろ 〜 ♪〜 夜はお得意 プータロー 朝は苦手な プータロー 電車が走り出すぜ さあ逃げろ ゆうべ一晩 やさぐれ呑んだくれ スクエアな奴を尻目に 風を切りゃ 電車が走り出すぜ さあ逃げろ やけに白っぽい ジュクの朝にゃ Oh!手練の 年増女がお似合いさ 寝不足顔に 風が吹く 寝不足顔に 風が吹くぜ ここは新宿 さあ逃げろ 〜 ![]() あなたも、太陽の下で。 国家管理体制に、風穴を。
by blog-blues
| 2007-04-24 12:48
| 音楽狂室
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Trackback(62)
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Comments(13)
大事な時期に海外へ行ってブロガーの空気が全く読めぬまま選挙戦を終えてしまい、今頃自分の中で総括したお玉です~
>僕のエントリーは、乱暴な言葉遣いや剽気た言い廻しで意匠されているが、実は、論理性・倫理性を支えとした、バリバリの正論なのである。ホントだってば。 そこを理解するためにわたしゃ貴方の追っかけをして、十数回は読み返させて頂きました。大事なこと言ってくれてると思う。たのむからみんなに伝わる文章で書いてくれよ~~
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「お玉おばさん」へ。お帰りなさい。ご精読、深謝です。実に有り難いお言葉です。ありがとう。いやー、『みんなに伝わる文章』これは、あなたにお任せします。ブログシーンにおいて、護憲の裾野を広げるのは、「お玉おばさん」の仕事です。僕の方は、ラディカルな物言いを付けて行くってことで。それぞれ持ち味を出して「共闘」して行きまっしょい!今後とも、よろしく。
申し訳ないです。このたびの貴兄の奮闘ぶりを拝見し、「ここで檄に応じなければ末代までの恥」と思いつつ、何らアクションを起こせぬ腑抜けぶり、慚愧に堪えませぬ。
このところ効果的な計略や策謀を得ることのみに頭を巡らせ、心の奥からさざなみのように起きてくる声に耳を傾ける余裕を失っております。敵の周到さは半端ではない。妙な小手先技では返り討ちにあうだけ。分かっているのに、分かっているからこそ、切っ先が鈍る。腰が引ける。だめだめです。
そんな気分にどんぴしゃの新宿の風。絶望の逃走への最終章。寝惚けてなんかいられませんね。目を覚ましてるのはどっちだ。突き抜けていきましょう。薩摩隼人の何が何でも憲法じゃ。島津琉敵陣突破。その先に見えるのは天国か地獄か。どーでもいーのさそんなことは。どうせこれしかないのだから。
ワタクシもときどき生活者ネットの人達と一緒に活動することがあり、今回の区議選も少しだけ選挙運動を手伝いました。考えていることが完全に一致しているわけではないけれど、でも目下の課題に対しては、違いは許容範囲。今回の都知事選……うーん。
>左派・市民派ブロガーにしばしば見受けられる、主張する言動と選択する行動の乖離は、この認識の不徹底にある うっ……イ、イタイ。 好き嫌いを言うなら外山恒一君のぶっ飛んだ感性が最も好きなんですがね(こんな国いらんワ、の人間なもんで)、ついつい「国を憂え」(笑)てしまうのが情けないやらあほらしいやら。
「そいつは帽子だ!」へ。やあ。ごんさんは、朔太郎でしたね。僕は、中也です。『陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、わが魂の願ふことであった!』これです。僕らは、反新自由主義・護憲ブログ戦線における、独立愚連隊ですからね。朗らかに、徹底抗戦あるのみ。
BLOG BLUESさん、こんばんは。
元気の出るアジテーションをいつも有り難うございます。年齢を重ねるにつれて世間体や様々なしがらみに厚く覆いつくされてしまった私の Heart of Gold ですが、貴兄の記事に接するたびにそのきらめきがよみがえる思いで感謝しています(今回は本文でリンクまで張っていただいたので、気恥ずかしさが先に立っていますが…)。外山恒一氏へのシンパシーを感じる感性もいつのまにや失っていました。結局人を最後に動かすのは”義”や”情”なのだということを噛みしめて、元気を出して頑張ろうと思います。正真正銘の正念場が近づいていますので。(まさかこの歳になってこんな覚悟をせねばならぬなど考えもしていませんでした。)
「華氏451度」へ。どうもです。民主党は、保守政党でしょ。米国民主党が、そうであるように。左派勢力排除の二大政党制を志向するのであれば、断固支持すべきでしょうが。反自民の見地から、消極的に支持することはあっても、反新自由主義・護憲を掲げての明確な支持表明は、そりゃ欺瞞ってもんでしょ。
「権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!」へ。こんばんは。おっ、「Heat of Gold」ニール・ヤングですね。『まさかこの歳になってこんな覚悟をせねばならぬなど考えもしていませんでした。』全然同感です。日本国憲法のおかげで、平和や繁栄を享受させてもらったんですものね。駒形茂兵衛じゃありませんが、御恩返しの一本刀土俵入りですよ。がんばりましょう。
トラックバックいただきありがとうございます。
都知事選、直接の当事者ではないですが大いに関心を持って見ていました。 浅野氏に対しては私は比較的好意的な目で見ておりましたが、”インテリ”具合が広告代理店言うところの「B層」にどう取られるかなあ、という危惧を感じました。特に立候補までの経緯はわたしは与えられた情報内で判断する限りでは彼の「マジメさ」だと受けとめましたが、有権者やメディアは「優柔不断」と判断したのではなかったでしょうか?「マジメ」が逆効果になることもあると思いました。
「デザイン夜話」へ。コメント、ありがとうございます。僕は一有権者として、史郎クンを「マジメ」だとは全然思えませんでした。彼の最初のポスターの謳い文句は「日本のための東京、あなたと創り直す」。不評につき急遽作り直したポスターの謳い文句は「そうだ日本には、浅野がいる」。前者は市民参加の呼び掛けで、後者は英雄待望論。語るに落ちるとはこのことで、こんないい加減な姿勢で慎太郎クンに勝てるものかと、本当に腹が立ちましたね。
>blog-bluesさん
なにを持って「マジメ」というかは私とblog-bluesさんとでは分かれるかも知れません。戦略的な「はったり」を使えないところを「マジメ」ととるか「いくさ下手」ととるかの違いでもあるように思えます。 私が持った違和感は、浅野氏に対するよりも浅野氏を応援する人々の中に彼を「リベラル陣営の救世主」扱いする方々がいたことです。彼の言動を見てるとリベラルというよりも保守本流のような感じを受けました。(新宿2丁目での彼の挨拶を知ってよりその思いを強くいたしました。) また石原氏に勝つには、最初に長野県知事選に出た頃の田中康夫氏のごとくある種の「毒」がいるのではないか、とも強く感じました。もちろん政治家にトリックスター的な要素を求めるのは大変危険ではあるのですが。
「デザイン夜話」へ。再度のコメント、ありがとうございます。『私が持った違和感は、浅野氏に対するよりも浅野氏を応援する人々の中に彼を「リベラル陣営の救世主」扱いする方々がいたことです。彼の言動を見てるとリベラルというよりも保守本流のような感じを受けました。』おそらく、正しい見方でしょう。彼はこの国の絶対的支配者層であるエリート官僚であり、人民の政治家ではないのは自明だと思うんですけどね。打倒石原の一番手ということで、反石原の情念を仮託されてしまった。まさに共同幻想で、それはファッショへの道なんだと思う。「非国民通信」の実に知的な2つのエントリー「恐怖、沈黙、同意を越えて」「中立・中道を疑う」は、もう読まれましたか。僕は、ロケンロラーの勘で以て書き殴ってるだけですが、彼は、「お玉おばさん」の言う「みんなに伝わる文章」で、尤もかなり高度ではありますが、丁寧に解説しています。もし未読であれば、一度ご覧になってみてください。
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