この作品は芥川賞の候補にならなかったのであろうか。
SF文学というよりは不条理劇、就中、イッセー尾形の一人芝居に想を得たに
違いない天外な仕掛け、着想に反しオーソドックスで気品ある文体、今日的かつ
普遍的な主題、何れを採っても秀逸。並々ならぬ才気を感じさせるのだが。
盆休みに本でも読もうかと、町の図書館へ行った。お目当ての本は
見つからなかったが、あの「となり町戦争」で鮮烈なデビューを飾った、
面白胸キュン抵抗ファンタジーの若き旗手、三崎亜記の近刊本
「バスジャック」が書架にあったので、早速、借り出して読み始めたのだ。

著者のホームグランド
「小説すばる」の2005年2月号から
9月号までに初出された掌編、短編、
中編合わせて7編が収められている。
版元は「となり町戦争」つながりで
「バスジャック」を表題にしたのだろうが、
白眉は、何といっても「動物園」である。
身に付けた「動物化身」のスキルで以て
生計を立てている20代独身女性の、
派遣労働先である動物園での日々を
描いた好短編。新自由主義時代の
プロレタリア文学との見方も可能だろう。
そう、主題は、労働における「人間疎外」。普遍的でありつつも、競争原理の
今日にこそ、切実に問われるべき主題である。荒唐無稽な「動物化身」のスキルを、
あたかもスタニラフスキー演劇術の如く活写し読者をケムに巻く文筆の冴えは、
見事の一語、なのであるが。翻って、カイシャ社会に組み入れられた自らを問えば、
これが、勤労の実相をあぶり出す、きわめて鋭い寓意であることに思い至るだろう。
檻の中で、動物に化身した自分を晒すことで日々の糧を得る
主人公の苦痛は、僕の苦痛であり、あなたの苦痛なのだ。
…私は眼をつぶって、大きく息を吸う。この日常の日々は、劇的でもなく、
華やかでもない。まるで、緩やかな起伏の坂道を思わせる。私はそんな人の
営みを一瞥して飛び去るヒノヤマホウオウにあこがれる。ほんの一瞬だけ。…
クライマックス。幻の鳥、ヒノヤマホウオウに化身した主人公は、
檻の中で巨大な翼を広げ、周りを睥睨してみせる。その悲しくも雄々しい姿は、
僕の胸に、かの中原中也の詩の一節を去来させる。
陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであった!
三崎亜記「動物園」。小品なれど、青春文学の一頁に記されるべき、佳作である。