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累進課税という言葉を初めて耳にしたのは、
はて、小学校の高学年であったか。中学のときであったか。 ともかく、社会科の授業時間でした。公平な税金はどうゆうものだと思うか、 教師が訊ねた。みんな同じ金額を納めることだと思う人。挙手する生徒はちらほらだ。 たとえば1000万円の収入がある人はその10%の100万円、100万円の人は10%の 10万円という具合に納めることだと思う人。ほとんどの生徒が挙手した。 僕も、手を挙げた。そこで、おもむろに、教師が説いた。累進課税。 ほおうと教室中がざわめいた。僕も、驚嘆した。叡智という言葉は知らなかった けれども、叡智という言葉で表わされる種類の感動を抱いたことを、 長じた今に至るも、有々と覚えています。 誰の発明によるものだろうか、浅学にして知らない。しかし、 累進課税こそは天晴れ、修正資本主義の精華、実に大した智恵であると、 僕は、修正資本主義より一歩左寄りの社民主義なのだが、賛美を惜しみません。 だが、その華の修正資本主義が、いまや危殆に瀕している。 下掲は、4月14日付毎日新聞の朝刊切抜。参照されたい。 ![]() 修正資本主義から、原始資本主義とも称すべき新自由主義への 政治イデオロギーの決定的な大転換だった。当然、米国の押し付けね。 政府の仕事は、せんじつめれば、そのほとんどは歳入と歳出をどうするか ってことだけど、あなたは、こんな歳入でいいと思うか。 1970年から83年まで、といえば一億総中流、日本の黄金時代だ。 そのときの累進課税は、何と10%〜75%までの19段階にきめ細かく設定されていた。 現行はどうか。10%〜37%の4段階だ。「金持ち優遇税制」の批判を誤魔化すため 来年度からは、5%〜40%の6段階になるそうだ。おちょくっとるのか! 最高税率をたった3%上げただけ。眼目は、課税最低所得の 330万円以下から195万円以下への引下げである。もちろん、 金融所得に対する分離課税はそのままってゆうか、さらに徹底される。 そりゃあ、小金持ちから大金持ちまで、資産運用に走りますわなあ。 まるで強姦のように日本の金融市場を自由化させ、市場のイニシアチブを握った 米国金融資本の高笑いが聞こえて来るぜ。彼等の走狗、ヘイゾーくんは、こう宣う。 「金持ちへの課税を強化すると事業欲が減退する」ト。日本人をなめとんのか! 国税逃れに東奔西走する非国民の蔑称が相応しいあなたの尺度で、測らないでね。 力のある者が重い荷を担ぎ、非力な者の荷は軽くする。どこに不都合があろう。 これが受け入れ難いなんてやつは、人間のクズだろう。新自由主義者だけだ。 こうした減った歳入をどう補うのか。晋三クンの出番ですね。 歳出削減、だとさ。そう言えば、誰もが、ああ無駄を無くすことなのね、 国民宿舎とか全然使われてないもんね、結構じゃんと思うじゃん。 新自由主義のやり口はコレばっか。口当たりのいい言葉を紡いで国民を騙す。 歳出削減イコール福祉切捨だよ。国民にも責任はあるぞ。いいかげん目を覚まそう。 僕らには、あの美しい憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を 営む権利を有する」があるんだ。むざむざ蔑ろにされて黙っていてはいけない。 一体、生活保護家庭の医療費負担をゼロから1割に上げて、どれほどの歳入増に なるというのか。甦れ、修正資本主義。累進課税を83年当時に戻せ。 金融所得は総合課税とせよ。そうしないと、チャベスにつづいちゃいますわよ! *一部、加筆改稿し、編集し直しました。 あなたも、太陽の下で。累進課税強化の声を、上げませんか。
by blog-blues
| 2006-08-01 19:54
| ニュースの時間
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Trackback(22)
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Comments(33)
「雑談日記」へ。システムの相性でしょうか、そちらにコメント投稿できませんので、当欄にて。折々のTBありがとうございます。リンク貼らせていただきます。今後とも、共闘よろしく。
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TBできなかった、ということで楽天に問い合わせたのですが、
「楽天市場と申します。 日頃から楽天広場をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。 この度はご連絡をいただくこととなり、お手数をおかけいたしております。 こちらで確認させていただきましたが、お客様のページにおいて、 「この記事のトラックバックURL」は正常に表示されておりました。 なお、7月30日深夜から現在にかけて以下のような現象が確認されています。 ・ブログや管理画面の表示が遅い、又は混雑画面が表示される ・画像の表示が遅い、又は表示されない ・記事を書きこんでも反映が遅い こちらが原因となり、お相手様がページを閲覧した際に、URLが 表示されない現象が起こっていた可能性もございます。 ご迷惑をお掛けしており誠に申し訳ございません。」 結局は良く分からない、ということです。ごめんなさい。
盆休み前で仕事が「立場の弱いところにしわ寄せ」状態、頭が混乱状態なのですが……エントリ読んて頭をよぎったことを脈絡なくちょびっと。
私も累進課税って言葉を知ったのは、小学校の高学年か中学生の時かなあ……? あまりに昔のことなんで忘れましたが、「眼からウロコ」でした。 私は税制度の姿は「急傾斜の累進課税」以外にあり得ない、と思っている。うろ覚えなので間違っている可能性も大なのですが、フィンランドだったかな? 最も急傾斜の累進課税制を敷いている国では、高給取りの代表である「国立大学の学長」の納税後所得は、「未熟練工場労働者」の納税後所得の2倍程度、という資料を見たことがあります。おお~!いいじゃんか、と激しく思ったことを覚えています。「能力に応じて働き、必要に応じてとる」社会を何とか実現したい。
「華氏451度」へ。僕は、日本の「ムラ社会」体質ってえのが、もー大ッ嫌いなんで、構造改革も規制緩和も自由競争も、額面通りなら全然オッケーなんですけどね。新自由主義は、「羊頭狗肉」の大嘘つきだから、まったく油断がならない。村上龍なんて、まんまと罠に嵌り、結果的に、新自由主義のお先棒担ぎにされちゃった。だから本来的には、真に能力のある人が、その能力を思う存分発揮できるような社会に構造改革して、じゃんじゃん稼いでもらうことに異論はない。で、国庫にしっかり納めてもらえれば結構じゃん、なのですが。新自由主義社会の実相は、口先だけオープンだの、イノベーションだのと言い募って、自身、能力のある「立場にある」人が、より自分に有利なように、社会を組み変えていくのですから、こんな性悪な思想はない。断固反対してまいりましょう。「能力に応じて働き、必要に応じて受取る」社会は、共産主義の理想であり、さびしい話ですが、達成は不可能でしょう。みんながみんな聖人君子に、なれる道理がないじゃないですか。政治運動は、もっとリアルにやっていかないと、ダメだと思います。
BLOG-BLUESさんへ;
そう、おっしゃる通りなんです。共産主義の理想の達成は、ほとんど不可能なのです……実は。ですから現実には「1歩でも2歩でもそれに近い社会」へ向けて、ということになるでしょうね。でも見果てぬ夢はあった方が嬉しいんで、いつかは実現する“かも”知れないと思っていたい、という感じでしょうか。そう言えば、村上龍はほんとにダメになりました。
個人的には、累進課税って嫌いなんです。国に払ったからといってそれが本当に世の中のためになるのか怪しいもんですから。だから私は確定申告が必要なくらいの収入を得るようになったら、一部を環境保護団体とかに寄付して納税額を減らしてやろうと思っています。
BLOG-BLUESさんのおっしゃるとおり、世の中聖人君子ばかりでは無いし、その聖人君子だって税金を納める先がろくでもないところだったらやっぱり払いたくなくなりますよ。
「はじめまして」へ。コメント、ありがとうございます。もちろん、歳入だけでなく、歳出についても、僕らは関心を持たなければならない。日本国は、主権在民であり、言うなれば、僕ら一人ひとりが、国家の世帯主なのですから。税金は「納める」ものであり、「払う」だの「取られる」だのは、大きな心得違い。国家の歳入・歳出には、きびしく目を光らせてまいりましょう。
>ブルース様
全く同感いたします。 わたしも累進課税は修正資本主義の花だと思います。 それに対する多くの批判はためにする批判だとしかおもえません。 ただ、一見まともに聞こえたりするんですよね。 1000万、2000万の所得のあるものを例に出して、労働意欲云々というのがあまり、現実感がありません。1000万の所得がある人すらごく少数で、それほどの所得があれば、労働意欲などなくなったって困らないと思うのですが、、 さすがに300万あたりから所得税を限界税率で50%とられたらきついと思いますが、1000万以上の稼ぎのある恵まれたタレントを持つ人がとやかく言う時点でなんだか違和感をもちます。
そもそもある程度の高額所得者になってくるともう金のためにというわけではなく、生きがいのために働いていたりするものです。所得税が80%にもどろうと、タモリがテレビから消えることはないだろうし、日本の活力に与える影響なんてびびたるものです。
一億をこえるような所得を稼ぐ恵まれたタレントをもった人は、高い税率をかけたからといって、さすがに限界税率80%あたりが限度だとは思いますが、(現実には66%ぐらいでしょうか)その才能を眠らせることはしないはずです。ワールドワイドな活躍が出来る人であれば、日本を出てしまうかもしれませんが、そんな才能なある人ならきっと世界に日本のよさを伝えてくれるので、ものすごく日本にとって有益であるので、結局税金分ぐらいは日本に貢献してくれると思います。すこし寂しいですが、まあ1万人いるかいないかの世界でしょうが。
努力にくわえ、才能や運がないとふつうのひとでは稼げないような所得を得ながら、税金をとられることに不満をこぼすことほど不愉快なものはありません。実効税率でいうとたかだか数十%で五公五民なんていうむちゃでもないのに。普通の人ならそんなに税金払えるなら払ってみたいと思いますよ。
結局嫁いじめをする姑と同じなんですよね。 まず、嫁憎しがあるから、ちょっとでもおかしなことやへまをすると徹底的にたたくんです。さも自分はまともでやさしいのに、嫁があんまりだらしないと大変だと被害者面までして。 結局わがお金がかわいくてとられるのがまずもって許せないから、 取る側のすることなすことけなして、とること事態の全否定につながるんです。人間らしいとは思いますよ。 でもあんまり気持ちの良いものではありません。
長文コメント失礼いたします。
>来年度からは、5%〜40%の6段階になるそうだ。おちょくっとるのか! >最高税率をたった3%上げただけ。眼目は、課税最低所得の >330万円以下から195万円以下への引下げである。 生意気かと思いますが、この部分だけは反論させてください。 確かに195万円~330万円の層の「所得税」は純増します。これをもって弱者いじめとうつるのですが、それこそまさに強者の思う壺なのです。 なさけないことですが、某左の政党はまったく単純に弱いものいじめだと思っていますが。現実は強いものに一番聞く税制改正なのです。
これはブログでも書かせてもらいましたが、課税最低所得が100万円さがったときにそれぞれの所得階層でどれだけ増税するかを考えればわかるのですが、高所得者であれば、50万増税になるし、低所得者であれば10万円の増税ですみます。課税所得最低限のひきさげというのは所得税の累進を強める効果はあれどその逆ではないのです。むしろ引き上げをすると高所得者ほど有利。
低所得者はきつくなっているようにも思いますが、結局所得税がとれなければ消費税などの累進のきかない税で穴埋めするしかないので、低所得者にとってはそちらのほうがきついのです。 このポイントを理解されている方がほんとに少ないのでもうすこしこの常識が広まってもらいたいのですが。
「本質追求本部」へ。システムの相性だと思いますが、そちらにTBをお送りすることができません。それでは、フェアでないので、あなたのTBは削除します。僕は原則、自分のエントリーと反対の主張を唱えるTBを削除せず、TB返しに訴えます。お互いのブログを来訪される方が読み比べて、どちらがもっともか、判断されるべきだと考えるからです。今回は、その同じ土俵に上げることができません。依って、公平を期すために、削除しました。TBくださいました、あなたのエントリーが素晴らしく、僕のブログの愛読者に是非読ませたいとゆうようなものであれば、また話は別ですが。あしからず。
「カンカ」へ。一体全体、何が言いたいのか、不明です。あなたの文章は、日本語の態をなしておりません。累進課税の要諦は、ただ一つ。「力のある者が重い荷を担ぎ、非力な者の荷は軽くする」。これを、正義だと思うか、不正義だと思うか。僕は、これを、正義だと思う。
>ブルース様
本当にひどいコメントでいくら深夜だからといってマナー違反だと反省しております。 またトラックバック先の記事は不快に感じられたら申し訳ありません。 あえて逆を主張を書いています。好きな女子をいじめるの心です。 私も再配分はまったくもって正義だと思っております。 ただ、その度合いをきめるのは、民意でしかないのかとも思います。
「革命烈士」へ。旧稿へのコメント、ありがとうございます。
このエントリは、今、貧困で苦しんでいる人に、どうしてあなたが苦しんでいるのか、その大きな原因のひとつをつまびらかにしたもの。また読まれる機会が増えて、うれしいです。 累進課税は、一般的には、共産主義の政策ではなく、本文に記したように修正資本主義、または社会民主主義の政策とされています。 神様は残酷で、能力という意味で、人の上に人をつくり人の下に人をつくります。能力の高い人もいれば、低い人もいます。能力には、努力できるという能力も含まれます。大リーガーのイチローは、もうスーパー努力家で、普通の人はそんなに努力できるものではありません。 また、運不運という要素もあります。資産家の家に生まれる人もいれば、極貧の家に生まれる人もいます。 で、あとは、それぞれ個人の考え方。すぐ上のコメントでも述べている通りです。「力のある者が重い荷を担ぎ、非力な者の荷は軽くする」。これを、正義だと思うか、不正義だと思うか。僕は、正義だと考える人間です。(つづく)
働くことの意味は、僕の場合は自分と自分の家族を養うだけの甲斐性しかありませんが「はた(まわりという意味です)をラクにするから、働く」という人生哲学がありました。
そうした哲学を持っていた「地上の星」たちが一生懸命働いた結果、社会主義の理想(貧困をなくすこと)は、西側の日本で達成されたとまで喧伝された「一億総中流」の世の中になったのだと思います。 その頃の豊かな「日本を取り戻す」ことは、安倍自民党にはできません。修正資本主義の修正部分を外した、優勝劣敗の新自由主義ですから。安倍自民党をやっつけて、日本を取り戻しましょう。
>大リーガーのイチローは、もうスーパー努力家で、普通の人はそんなに努力できるものではありません
オレもイチローは好きですが、それにしてもイチローの生涯獲得所得が既に200億円近くにもなっているというのはどんなものでしょうか? 近年、欧米の左派的経済学(制度的批判派)などでは、日産のゴーン氏のような経営者・資本家層の高額報酬や、環境保全効果部分が農民の所得に反映されない農産物の低価格、途上国の労働者を食い物にする先進国のアンフェアトレード押しつけなどを批判する学者たちが、「価格と所得の正当性」と題して現状に疑問を投げかけ、そういうのを資本主義の病理だと告発し始めてもいます。 そう、イチローの高い年俸にも日本の農産物価格の安さにも、本当は正当性が無いのじゃないか、という主張です。 人間の能力差って、競争至上主義や社会的規制全廃論者たちが大きな所得格差に開き直るほど本当にあるのでしょうか??? イチローだってベーブルース時代のプロスポーツ市場が未熟だった頃のアメリカ野球界でプレイしていたら、あんなに一般人とかけ離れた年俸は手に出来なかったハズです。
「ネオ・トロツキスト」へ。コメント、ありがとうございます。
所得差は、できれば10倍以内、最大でも100倍以内でいいんじゃないかなあ。社会民主主義の北欧の国々は、そんなもんじゃないかなあ。社会保障さえ完璧ならば、事業に失敗しても病気になっても安心だし、子孫のために美田を買うこともないし。そうすれば、溜め込む意味もなくなって、みんなお金使うし。 それで、資本主義国が軒並み喘いでいるなかで、経済も堅調で多くの国民が幸せを謳歌している。まさしく経世済民。それってカシコだよね、日本もそういう国にしましょうと立ち上がったのが、緑の党。フェアトレードも党の政策の大きな柱のひとつで、人と人でも国と国でも、利己を超えていこうという決意。希望は、ここですね。
しっかしさぁ、W杯も五輪もメダルとってない男子の本田が3億以上で、女子W杯で金、五輪で銀の大儀見が一千万しかもらえてないんだもの、所得の正当性なんてデタラメなの判るよなーwwww
「ネオ・トロツキスト」へ。再コメ、どうもです。
なにが言いたいのか、よくわかりません。賃金の基本は、同一労働同一賃金でしょう。男子サッカーと女子サッカーでは、労働(プレー)の質が違う。大儀見選手が、サッカー選手として本田選手並みの労働(プレー)ができれば、そりゃ世界のサッカー界がほっておきませんよ。 所得の不当性を言い立てるなら、金融所得でしょう。いわゆる、濡れ手で泡。金融所得が分離課税で、税率は一律10%というのは、一体どうゆう了見なのか。国家財政の危機を言い募る為政者権力者は、こんな政策を取りつづけながら、生活保護費を切り下げる。なぜ国民の多くは、このようなデタラメ極まる政治に対して怒らないのか。主権者なのに、国家の歳入について無関心過ぎる。これでは、為政者権力者のやりたい放題だ。 反撃の狼煙は、この度の参院選から。比例区は緑の党、東京選挙区は吉良よし子。
すみません、ちょっと勉強させて下さい。本文にこうあります。
現行はどうか。10%〜37%の4段階だ。略 来年度からは、5%〜40%の6段階になるそうだ。略 眼目は、課税最低所得の330万円以下から195万円以下への引下げである。 私が初めて年収が220万になった翌年2003年に、とんでもない額の住民税・国民健康保険料・保育料などで、前年の平均月収が18万だというのに自治体に納める“税額から算定される額”の総量が月額10万円くらいになりました。国民健康保険月額2万5千円、住民税も同じ額、公立保育園の保育料も低所得といえる所得なのに月額4万円(2人分)、何度修正申告してもこれで間違いないと言われました。翌年の収入はもっと低かったので、お上に納める分だけで月収を上回りました。 私は非課税世帯から脱して税金を納めるのを楽しみにしていたのですが、こんなんじゃ生存不可能なので、非課税世帯に撤退しました。 数年後、自社ビルとアパートを持つ人に国民健康保険料が高いという愚痴を聴いたのですが、2003年時の私と同じ額でした。 すみません、続きを下に書きます。
この数年後、とある教育番組で、日曜日、朝4時半とか、そういう時間帯に放映されている「宗教の時間」というのがありました。観る人が限られる時間帯です。早起きし過ぎた人か夜更かしし過ぎた人しか観ない筈。
その番組で、障碍者年金を唯一の収入源として暮らしている人が、私とほぼ同じようなことになっていて暮らせないというか、保育料以外は私と同じで、受給額から固定出費(家賃・光熱費)を引いたら一万円しか残らない、くらいの感じになっている、と「宗教家の人が」話してたんです。 私の場合は収入が安定しないし保育料があるから納める額が稼いだ額を上回ったわけですが、「算定される税額がおかしいからこうなった」という基本的なことは変わらないのではないかと思います。 それで現行330万が課税最低所得というのは、いつからなんでしょう。 という質問です。
連投すみません。私はこの2003年のこれがあまりにもおかしかったのと、観る人の少ない時間帯で放映していた宗教の時間で観た、障碍者年金受給者の方の例を見て「私だけじゃなく、この時期はおかしかったんだ」と分かったので色々と調べているのですが、2003年のことを調べても、検索で思うような情報がヒットしません。書籍では、この時期のトピックが散見された記憶があります。
御存知かと思って、大変恐縮ながら質問したいと思いました。 あと、生活実感から、最低課税額が195万円というのは低所得者にとっては鬼畜だと思います。 …「4段階」というのがやばかったんでしょうか。あの、壁にガツンとぶつかる感じというのは、勤労意欲を削ぐとかいうレベルの話ではなく、勤労する気満々でも死なないために撤退するよりほかないというものなのですが、 他所を見ると、累進課税がいつまでも貧乏人を貧乏人のままにしておく制度であるかのように思っている人もいるみたいで、この「ガツンとくる壁」の設定、それを置く位置に問題があるように思えるのですが、そういうことなのでしょうか。 長いコメントごめんなさい。
「teduka」へ。コメント、ありがとうございます。
詳しいことは、申し訳ありません。僕も不案内です。本文中にも記したとおり、まだ世界が冷戦状態で、資本主義と社会主義がしのぎを削っていた当時、資本主義は、社会主義を打ち負かすために、社会主義のいいとこ取りをした「修正資本主義」という作戦に出ていました。 それの昇華が、傾斜の高い累進課税でした。当時は、毎年、高所得者番付が報道されており、常にトップを争っていた、大正製薬の上原氏も、松下電器の松下氏も、いっぱい稼いで、いっぱい納税できて、お国に尽くせて本望だというコメントが新聞紙上を飾っていました。立派ですよね。 昨今の「累進課税を強化すると金持ちが国外へ行ってしまう」とは、雲泥の差です。んな業突く張りは「てめえのような奴は、日本人じゃねえ。とっとと日本から出て行け」てなもんです。
(つづき)力の強い者が重い荷を担ぎ、力の弱い者の負担を軽くする。当り前じゃないですか。しかし、これを不公平だと考える人が、政治権力を握っているのです。
スコットランド独立運動は、そうしたサッチャリズム(=アベノミクス)に痛めつけられた人々が、北欧のような社会的弱者に手厚い、社会民主主義の政治体制を求めての運動でした。僕らも、立ち上がりましょう。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
御返信ありがとうございます。私が調べていて情報が足らず(または検索が上手くいかず)上手く情報収集できないのが、ゼロ年代からの定率課税大失敗に関することです。給食費や医療費を納められないのは、金が無いからではなく、日本人のモラルが低下したからだ、と喧伝する一方で、障碍者年金受給のみで暮らす人が実際問題暮らせない重税であったということを、多くの人は知らず、とても勇気のある方が、殆ど誰も見ない時間帯とはいえ制度や政治を責め立てる言い方ではなく、端的な金額を示して「おかしいね」「生きられないね」と言っていたりした訳ですが、このような事象は明らかにゼロ年代前半からありました。続きます。
有吉が書いた本で、サラリーマンでも手堅い職業の人でも簡単に貧困に陥る世の中になったことを悪ぶって「ザマァ」と言ったりしているけれど彼のように「どんなに儲かったって調子に乗って生活水準を上げたりはしなかった、家賃の高いマンションに引っ越したりして固定出費を上げることだけは避けていた」というようなことは解るんです。でも貧乏人が固定出費を上げたくなくても税金にまつわる固定出費だけで収入額を上回る・或いはトントンになるくらいのことが起きていた。それが新自由主義の産物だということは、無学な者でも政治史や思想史に興味の無い者でも分かる訳です。
でも、新自由主義より怖いのが、貧乏人は金が無いのではなくモラルが無いのだと人々が本気で思い込むことです。
私は主義とか宗派といったものとは無関係なところで、現実をまともに直視する力を先に身につけて(取り戻して、といった方が正しいかと思います)私達にはまだ力があり、日本人のモラルが劣化したとかそんな話は都合の悪いことを隠そうとするミスティフィケイションであったということなどをきちんと理解して、それから世の中の方向性を変えようとすることを考えた方が上手くいくのではないかと思います。社会主義のいいとこ取りという考え方が今風ではないと思う人がいるのは解ります。が、その割には、いつまでも世界は、妙に古い反・社会主義とか、資本主義VS社会主義といった、旧来の思想をもてあそんでいるように思えます。
日本から出て行きたいのは私達の方ですよ。こんな国では子供は育てられない。
「鍵コメ」&「teduka」へ。熱の籠った再コメント、ありがとうございます。
資本主義も社会主義も産業振興、経済成長が人を幸せにするという価値観、歴史認識では同じなのですね。19世紀、20世紀のイデアですから、当たり前ですが。で、21世紀、22世紀に生きる人の幸せ、地球の存続を考えた時には、新しいイデアの登場が求められると思っています。 「多様性を尊重し、経済成長に依らなくても持続可能な社会」の建設をめざす、緑の党のHPを熟読されることをおすすめします。
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