僕は、観た。1973年、大学進学で上京した年の、秋だったと思う。
池袋の文芸坐地下で『幕末太陽傳』を、観たのだ。
アバンタイトル。勤王志士が異人と小競り合い、
懐中時計を取り落とす。町人佐平次が駆け寄り、
「物騒な世の中だ」時計を拾い上げ、懐の中に。
画面がワイプし、東海道本線品川駅を列車が通過するショットに、
『幕末太陽傳』のタイトル文字が被さる。時空間を跨ぐ、映画演出。
僕は、椅子から立ち上がり「凄い」と、嘆声を発した。
以来、川島作品を追っかけ、その大半を鑑賞し、また、
川島雄三について記された活字を、貪り読んだ。
そして、こんな曲を書いた。Gm7一発のレゲエナンバー、
ダンスミュージックです。

♪~わが身いとしやチンチロリンの あの娘こいしやポーリポリ
月に腰かけ浮世をながめ 星を肴に美酒酌んで
ばらの花びらちぎって食べた Yeah!Yeah!
うたえ踊れや チンチロリンのポーリポリ
情に棹さしゃ流される あの娘に棹さしゃ詛われる
人倫紊乱軽佻浮薄 Everytime We Say Goodbye
♪~わが身いとしやチンチロリンの あの娘こいしやポーリポリ
居残り佐平次舞台は女郎屋 よろず万端ひき請けますが
いのちあっての芋だね子だね Hey!Hey!
わが身いとしや チンチロリンのポーリポリ
情に棹さしゃ流される あの娘に棹さしゃ詛われる
人倫紊乱軽佻浮薄 Everytime We Say Goodbye
♪~わが身いとしやチンチロリンの あの娘こいしやポーリポリ
高杉晋作享年二十九 三千世界の鴉を殺し
ぬしとゆっくり朝寝がしたや Baby!Baby!
あの娘こいしや チンチロリンのポーリポリ
情に棹さしゃ流される あの娘に棹さしゃ詛われる
人倫紊乱軽佻浮薄 Everytime We Say Goodbye
♪~わが身いとしやチンチロリンの あの娘こいしやポーリポリ
生きていそぎて川島雄三 おのれひとりの才覚恃み
首が飛んでも動いてみせまさ あらよ!あばよ!
花に嵐さ チンチロリンのポーリポリ
情に棹さしゃ流される あの娘に棹さしゃ詛われる
人倫紊乱軽佻浮薄 Everytime We Say Goodbye
川島雄三映画の魅力、それは、川島雄三個人の魅力に、外ならない。
僕は、その真実を、初見の『幕末太陽傳』で、感得した。ほんとだってば。
でなきゃ、川島雄三映画を好きになれたのだから、ま、生まれて来た甲斐が、
あったと、言うことにしちゃってもいいかなって、念うはずもない。
それほど、好きなんです。死ぬほど川島雄三映画が、好きなんです。
出藍の誉れ、弟子の今村昌平は、川島雄三映画の魅力の核心を、斯く説く。
…思うに彼は、一度つき合ったら忘れられない
「人生的」な人だった故ではないかと思う。「人生的」だというのは、
つき合っている短い時間だけでなく、人が生きて死ぬ一連の時間を、
絶え間なく感じさせる人、そういう人だったからだと私は思います。…

川島雄三の映画ほど、さびしい映画はない。
成瀬巳喜男の映画もさびしいけれど、成瀬映画の場合は、
これはさびしい映画なんだと、直ぐに悟り、それに浸り、しみじみとする。
川島映画は、そうじゃない。ドライでスピーディで、
しみじみなんて鑑賞中は、しやしない。でも、観終わって突然嵐のように、
さびしさに襲われる。
お前は何をして来たのだと、観た者の胸の裡に、風が、吹き来る。
♪~花に嵐さ チンチロリンのポーリポリ~
今年のエントリは、これでおしまい。
なんで、川島雄三かというとですね。前掲の、
『軽佻浮薄節』を、ひょんなことから、十数年ぶりにライブで演って、
然もプロの楽隊であるチンドン屋とのジャムセッション!
双方ノリにノリ、半世紀以上に亘る僕の音楽歴でも、
屈指の演奏体験と、なったからなんです。ああ、やっぱ、
俺の川島雄三愛は、通じるんだなと。
読者諸姉諸兄へ。では、好いお年を。