もう半世紀も、昔の出来事である。
恋した女性を映画に誘った。新宿昭和館地下で、
藤田敏八監督の『八月の濡れた砂』が、掛かっていたからだ。

三本立てで、もう一本は、忘れてしまったが、
併映で『ワル教師狩り』ってのが、掛かっていた。
主人公の谷隼人が、ひっきりなしに、
「ひゃちいぜ」と、嘯くのである。
あまりのことに、劇中中盤から、
笑いを抑えることができなくなった。
だが、当時の昭和館地下には、本職のヤクザが屯してたのである。
熱心に視聴している彼らの機嫌を損ねたら、ヤバいだろうと、
僕も彼女も、笑いを咬み殺していたのだが、笑いというのは、
咬み殺せば、殺すほどに、高まるものなのですね。うわははははは。
ああ、死ぬほど苦しかった。死ぬほど面白かった。
劇場を跳ね、新宿東口にあった熊本ラーメンの店、
なんて言ったかな、忘れた。彼女を、誘った。
熊本ラーメンなんて、当時知る由もないよ、
初めて食した彼女は、感に堪えず「おいしい」って。
そのとき、店に、有線放送から流れてきたのが、
荒木一郎の『懐かしのキャシィ・ブラウン』だった。

言うまでもないだろう。彼女は、僕に、恋した。
あー、モノを投げないでください。