2008年の作品である。日本では、劇場未公開だったとか。
配信サービス、U-NEXTの独占見放題で、先日、鑑賞した。
衝撃の傑作である。
米国の「今」を映した、
ニューシネマ『イージーライダー』以来の、
エポックであると言っていい。
これほどまでに鮮烈な作品を撮り上げた、
優れて個性的な映画作家ケリー・ライカートの存在を、
今の今まで、知らなかった。大の映画ファンを広言し、
文芸ブログを自称していながら、不明を恥じるばかり。

低予算のインディペンデント映画である。
観客へのサービス度を競うハリウッド大作とは、
対極にあり、本作は、その極北に位置する。
ハリウッド大作の満足は、遊園地に遊ぶ満足である。
ジェットコースターに乗り、満点のスリルを味わう。
メリーゴーランドに乗り、ノスタルジックな夢に酔う。
それも好いだろう、でも、いっ時の憂さ晴らしさ。
酒を呑んで好い気持ちになるのと、どこが異なる。
あんまし変わらないねえ。そこで、本作と出会う。
映画が、文学、或いはそれ以上の芸術だと、感知する。
説明的な台詞やシーンは一切省かれているので、
観る者は、経験値や想像力を駆使し、
映画を、読み解いていくことになる。
多分、シングルマザーであろう、それも子を亡くした、
30歳前後の女性が、今は、唯一の寄る辺である愛犬ルーシーと一緒に、
唯一の財産であるホンダアコードを駆り、アラスカへ出稼ぎに行く。
米国本土では、仕事がなく生活できないためだ。
その道中のアクシデントを綴った、全編80分の人生ドラマ。
生きることは苦しみである、ブッダの真実が迫る。
ヒロイズムなど微塵もない、透徹したリアリズム。
どういうことだろう。どうなるんだろう。どうすればいいんだろう。
観る者は、映画の読解を続けるうち、自ずと、
ミシェル・ウィリアムズ演じる、主人公ウェンディと、一体化する。
途轍もない映画の力だ。これほどの磁力を持つ映画は、稀有である。

過酷な運命に曝され、ウェンディは、唯一の寄る辺も財産も失くし、
貨物列車に飛び乗る。大恐慌時代のホーボーのように。
画面を凝視する者もまた、絶望と希望に揺られる。
米国社会は、ここまで病み衰えていたのか。
米国民は、ここまで切羽詰まっていたのか。
余所事ではない、日本もまた、同様なのだ。
2008年はリーマンショックの年、その3年後には、
ウォール街を占拠せよ、オキュパイ運動が興った。
時代状況を鋭く穿ち、生きて在ることの実相を衝く、
ケリー・ライカート監督『ウェンディ&ルーシー』。
衝撃の傑作たる、所以です。