「ここまで来たらコイツしかいない」って、

なんなんだ、ファッショか、まともな有権者なら、
コイツ、怪しくねえかって、思うだろうよ。
この選挙ポスターが、どうして酷いか、どれほど酷いか、は、
前回のエントリで、詳述した。読んでください。
一番の問題は、山本太郎陣営に、諫言する人が、いなかったことだ。
こんな文言をポスターに大書したら、主権在民を蔑ろにすることに、
なりますよと、諫言する人が、いなかったことだ。
そして、山本太郎を絶賛する、左派リベラル文化人から、
疑義を呈する声が、一つも上がらなかったことだ。
つね日頃、自民党政治を厳しく糾弾する、その言説に、
僕も大いに賛同し、リンクを貼っているほどの方々が、
この選挙ポスターを目の当たりにし、沈黙したことだ。
SAMEJIMA TIMES、長周新聞、内田樹、白井聡、町田智浩、
その他にも、松尾貴史や雨宮処凛、
本人は保守と称する中島岳志等々、枚挙に、いとまがない。
彼らの仲間でもあった、小田嶋隆を追悼した、
7月5日付毎日新聞夕刊、小国綾子記者の著名記事を掲げる。

小国記者は、3年前の参院選挙で、れいわ新選組の戦いに、
驚き感銘した。その人が、今回の選挙戦の真っ只中、
この記事を書いた。僕は、確信する。
「ここまで来たらコイツしかいない」に、疑義を生じたのだと。
わが身を省みて、恥ずかしくありませんか。
つね日頃の、言説は、どうした。
思いの丈を、綴ったものでは、なかったのか。
あなた方が、腑抜けだから、左派リベラルは、勝てねえんだよ。
人間だもの、そりゃ、口が滑ることだってありますよ、
心にもないことを、つい言ってしまうことだってある。
でも、この選挙ポスターは、そうじゃない。
国政政党の党首が、衆議院議員の座を投げ捨て、
参議院選挙に打って出た、背水の陣を敷いた選挙である。
文言は考えに考えて、考え抜いた末に、決定したものだ。
それが、なんと「ここまで来たらコイツしかいない」
ダメだろう。なぜ、そのダメさを、指摘しないのか。
安倍元総理の銃撃事件を受けて、
事件そのものは統一教会絡みの怨恨殺人だがー
民主主義を護れと高説を垂れる。
その信念が、肝に銘じたものならば、
「ここまで来たらコイツしかいない」に、疑義を呈したはずだ。
もう一度、言おう。
あなた方が、腑抜けだから、左派リベラルは、勝てねえんだよ。
彼らは、生稲晃子に投票する都民を、嘲笑し慷慨する。
しかし、僕は、おニャン子のファンだったからと、
生稲晃子に投票する都民のほうが、
「ここまで来たらコイツしかいない」という惹句に、
疑義を感ぜず、山本太郎に投票してしまう都民より、
まだマシだと、考える。
前者は、ファシズムに、飲みこまれる人たちだろうが、
後者は、ファシズムを、担ぎまわる人たちと思うから。
辛くも当選した、山本太郎の新規まき直しを期す。
「金を刷れ、皆に配れ」で、とことん勝負してほしい。
