没後50年の2020年、製作公開作品。
遅ればせながら、U-NEXTにて視聴。
東大全共闘1000人の学生相手に、単身、闘論の場へ赴いた、
文豪三島由紀夫の知力、胆力に、圧倒される。
しかも終始、学生たちに対して示す、誠実さと優しさに感服した。
美事な益荒男ぶりである。やっぱ、三島だよなあ。

互いの闘論は、闘論というよりも、
三島の全共闘運動への精一杯のラブコールに対し、
意表を衝かれた学生たちが逡巡するという、予想外の展開。
だめじゃん、東大全共闘!ここは運動の切所、ロドス、ここで跳べ。
天皇万歳を唱え「三島先生、共に闘いましょう」と。
安田講堂を攻め落とされ、運動の敗北は決定的だった。
起死回生の鬼手として、三島のラブコールに賭けるべきだったろう。
三島由紀夫と連帯する東大全共闘、なんと魅惑的であろうか。
三島の「天皇」は、個人ではない。政治制度でもない。
日本民族の歴史、文化、伝統の源泉、その謂であろう。
ならば「愛国」と捉え直し、三島がそれを条件とするならば、
天皇万歳と唱えても、好いではないか。反米愛国運動として、舵を切れば。
映画の終盤、東大全共闘随一の論客として三島と渡り合った、
芥正彦への50年後のインタビューシーンがある。
運動は敗北したが、俺自身は敗北してないぜとばかり、
傾奇者そのものとして登場、ダンディに決めてくれた。

「言葉が力を持っていた最後の時代」
「俺たちと三島には共通の敵がいた」
共通の敵の勝利が連綿と続き、今や、言葉は紙屑である。
後日談がある。70年代中頃、僕は呑み屋をやっていて、
芥正彦主宰の劇団の俳優が呑みに来て、今度、
六本木の俳優座で芝居するんだけど、ガヤで出演してよと誘われ、
うわぁ面白そう、行く行くと二つ返事で引き受けた。
芝居は、三島のラブコールへの拒否回答でもあったのか、
反天皇劇で、当日劇場へ行くと、上演中止を求める右翼が、
街宣車を連ねて実力行動に出て来た。当然、警察も出動し、
六本木交差点あたりは、もう騒然。
僕自身も、劇場のロビーで突入して来る右翼と、
互いに一間の間合いで対峙し、睨み合っていた。
若いって素晴らしい。若いって愚かしい。
触りのいい季節が 肌の火照りを鎮めると
あの長い暑い夏は 昨日の午後のように不確かだ
そして 僕らは喋り出す 足を洗った無頼漢のように
まぶたの傷を 愛撫しながら
狙いを違えた テロリストのことを
イーストリヴァに浮かんだ サクス奏者のことを
ディテールも論拠もないままに 彼らの魂うっちゃって
僕らが 喋るのだ
道に迷った英雄たちの所持品は 褪せた夢枕に無惨な寝顔
だが 僕らの記憶が目醒めるとき
望み通りのコンシクエンスが 外に在るだろうか
僕らは 奪回する
定期乗車券売場に火を投げた 僕ら 自身を
カタストロフィに恋い焦がれよ 道に迷った英雄たちよ
8カウントで立つボクサーのように 心臓の近くに拳を握り
狙いを違えた テロリストの涙を
イーストリヴァに浮かんだ サクス奏者のクライを
視た 聴いた 僕らの時代の 幸不幸
触りのいい季節が 肌の火照りを鎮めると
あの長い暑い夏は 昨日の午後のように不確かだ
だが だが だが
触りのいい季節が 肌の火照りを鎮めても
あの 長い 暑い 夏に 灼いた
僕らの皮膚感覚は 確かだ
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