当代随一の小説家は、桐野夏生である。
僕は、そう思う。根拠は『日没』である。
この時世に、この小説を、放ってみせた。
その作家魂は、第一等で、あろう。
その桐野夏生が心服しているのが、皆川博子らしい。
で、出世作の直木賞受賞作品『恋紅』を読んでみた。

時代設定は、幕末から明治にかけて。
吉原の大店の娘に生まれたヒロインの、
幼女から少女、年増時代までを描く、波乱の一代記。
ヒロインは、作家の魂が、投影された存在だと思う。
作家は昭和5年、京城生まれ。以下、僕の勝手な推測である。
作中のヒロインゆうは、自分は搾取する側の人間であり、
そのことに、心を痛めている。作家自身、
植民地朝鮮を支配する日本人の娘として生まれ、
支配下の朝鮮人への差別、残虐を目の当たりにし、
幼心に思うところが、あったのではないだろうか。
ゆうは、自分の幸福が、嫌なのである。自分の幸福は、
他者の不幸の上に立ったものだと痛感する、感性を抱き、
自分の感性こそが、最も大事だと思弁する、力を備えている。
そして、行動に移す。このゆうの行動を描く、
皆川博子の乾坤一擲に、桐野夏生は心服したのだと、思います。
ゆうは、搾取する側の人間である自らを否定するために、
格式ある名題の歌舞伎役者ではなく、
河原乞食そのままの小屋掛芝居の役者へ、身をまかすのである。
そこに自由を、解放を、感じたから。その感性を後生大事に、
人生の奈落へと、自ら、降りて行くのである。
日本の時代小説なのに、なぜだか、読んでるうちに、僕は、
ジャニスの『ミー・アンド・ボギーマギー』を、聴いたのです。
自由とは何も失うものがないこと。
『恋紅』のゆうは、『OUT』の雅子の、『魂萌え』の敏子の、
プロトタイプである。
男性社会の中で、雁字搦めにされ生きている、女性への福音。叛逆教唆。
皆川博子の小説は、桐野夏生に、先行するものである。
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