奥付を見ると、初版発行は2014年である。
しかし、ほとんど全く無視されてたと思う。
それが、2020年全米図書賞翻訳文学部門受賞で、
一躍ベストセラーとなり、僕もそれで本書を知り、
図書館に予約し、1年近く待たされ、借り出した。

日本の文壇、出版界は、何やってたんだ、
野間文芸賞に値する、問題作にして秀作じゃないか。
生きているのか、死んでいるのかも不分明な、
上野恩賜公園に棲むホームレスの男の目に映るもの、
耳に響くもの、胸に迫るもの、それらすべてが、
モノローグとして延々と綴られる、異色の中編。
小説、というよりも、長大な散文詩のように、
僕は、読んだ。ヘビーでメランコリーな味わいは、
飯島耕一の詩のようだと、感じた。
福島原発事故直後の報道で、新聞の片隅に載った、
小名浜の漁師のコメントが、深く印象に残っている。
原発ができたときは、これでもう出稼ぎに行かなくて済む、
よかったと思ったが、それがこんなことに…と。
作中の主人公であるホームレスの男は、
越中富山から磐城相馬へと流れ着いた先祖を持つ、
真宗門徒の貧しい百姓の長男として、
平成天皇と同じ昭和8年、福島県相馬郡に生まれた。
家族を食わせるために、12歳で小名浜で漁師として働き始め、
1964年東京オリンピック開催が決まると、東京へ、
より高い賃金を得るために、工事現場の出稼ぎ労働者となる。
それから以降、帰郷するのは盆と正月だけ。
出稼ぎ労働者として工事現場を転々としながら、
嫁を取り一男一女をもうけるも、長男は早逝してしまう。
働きづめに働いて、これからは年金暮らしだとなった矢先、
年下の妻に先立たれる。娘や孫娘は老いた男を労わるのだが、
家族という荷物を担いできた自分が、家族の荷物になるのを懼れ、
東京へ出奔、上野恩賜公園に棲み着く、ホームレスとなる。
光は照らすのではない。
照らすものを見つけるだけだ。
そして、自分が光に見つけられることはない。
ずっと、暗闇のままだー。
つくづく思う。人生を決定するのは、運不運でしかない。
ホームレスの男は、今際の際に、こう呟くのだ。
自分は悪いことはしていない。
ただの一度だって他人様に後ろ指を差されるようなことはしていない。
ただ、慣れることができなかっただけだ。
どんな仕事にだって慣れることができたが、
人生にだけは慣れることができなかった。
人生の苦しみにも、悲しみにも…喜びにも…
自分は運に見放されている。そう絶望し、絶望に囚われ、
自死さえ考えている人に、本書は、最後の福音となろう。