戦後日本文学の怪童中上健次のエッセー、
『破壊せよ、とアイラーは言った』を、思い浮かべた。
ジャズでいえば、アルバート・アイラーのような存在であり、
師匠の三遊亭円丈は、オーネット・コールマンということか。
名前は、ね、そりゃもう、ずっと前から知っていました。
でも、聴いたことは、なかった。YouTubeで三日前、初めて聴いて、
情けないね、震えるほどの衝撃を受けた。

創作落語である。とてつもない才能の持ち主である。
創作落語といえば、三遊亭圓朝にとどめを刺すというか、
圓朝の創作した落語を、古典落語としてほとんど全ての、
落語家、落語マニアが、崇め奉って、その通り演じて、
やれ上手いの下手だの、ピーチクパーチク。
違う。三遊亭白鳥は、三遊亭圓朝そのものに、挑んでいるのである。
凄い。この凄さが、わからない人が、古典云々、つまり、圓朝云々って、
口角泡を飛ばしても、なんだかなあ。
今でこそ、超売れっ子のようであるが、前座二ツ目時代は、
全然全く世に受け入れられず、赤貧洗う生活を続けていたらしい。
セイタカアワダチソウを主食にしていたとか、
野良犬とコンビニの廃棄弁当を奪い合ったとか、
悲惨すぎて神性さえ帯びる。
三遊亭新潟と名乗っていた、二ツ目時代の録音がUPされている。
『シンデレラ伝説』というネタである。めちゃくちゃ面白い。
当時、なぜか、古今亭志ん朝に可愛がられていたという。
本人は、珍獣、扱いだったのでしょうと回想しているが、
ふたりの邂逅をマクラに振ったネタがあり、これがまた、
しみじみと、好いんだなあ。捨てる神あれば拾う神あり。
江戸落語の古典『時そば』の改作では、
高座の座布団をそば粉の塊に見立て、
これを叩きつけそばを打つのである。
プロレスでいえば、場外乱闘である。
面白さを超えて、不気味さを覚える。
そして、現在までの最高傑作であろう、
『任侠流山動物園』というネタがある。
作者自身の口演はUPされてなく、
盟友ともいえる、柳家喬太郎の口演を聴いた。
このネタは、落語だけでなく、講談、浪曲にもなっているらしい。
僕のこれまでの文芸体験の中では、
つかこうへい『巷談松ケ浦ゴドー戒』に勝るとも劣らぬ、
熱く切なくシュールな、魂に染み入る名作である。
白鳥作品に通底する、熱さ切なさシュールさの核心は、
怨であり、愛であり、自由であろう。
これほどまでに文学的、哲学的な落語家を、僕は知らない。