「#検察庁法改正案に抗議します」が、
500万リツイートを超え、さらに上昇中だとか。慶賀。
しかし、安倍総理は、リツイートが1000万に達しようが、
強行採決で臨む。怯んだら負け、横車を押し通せば勝ちと、
力づくで臨めば、大概のやつは腰が引け、靡いてしまうと、
せせら笑っているのである。
国民の多くは、NHKの定時ニュースを信じる。
ハッシュタグって、なに、それ?ってなものさ。
法改正により検察庁のトップ人事が内閣によって、
「恣意的に行われるとの懸念は全くあたらない」と、
野党の質問に対する安倍総理の国会答弁をそのまま、
無批判に垂れ流せば、そうか、あたらないのかと、思うのだ。
なぜ、恣意的に行われることはないのか、
改正法の内容に基づいて説明せよと、
詰め寄るマスコミ報道が、なされない限りは。
安倍総理に、論理的な説明など、できゃしないのだ。
法改正の目的が、恣意的人事の合法化であるからだ。
マスコミ政治記者は知っている、知っていながら、黙る。
僕は、高校生の頃から、東映任侠映画を見まくっていたので、
実に、合点がいく。安倍総理は、そっくりだ。
力づくで、口を封じる、そのやり口が。
ど汚え真似ばかりしやがって、てめえそれでも人間か、
死んでもらうぜ、と、高倉健さんにぶった斬られる、
河津清三郎や安部徹や天津敏に、だ。
なんで、安倍総理は、あんなにも、卑怯卑劣なんだろう。
なんで、マスコミ政治記者は、そんな安倍総理の卑怯卑劣ぶりに、
目をつぶってばかりいるんだろう。
ど汚え真似ばかりしやがって、てめえそれでも総理か、と、
筆誅を加えないのだろう。健さんみたいな義侠心は、ないのだろうか。
安倍総理が目論む、検察庁法改正の強行採決を阻止する手段は、
マスコミの糾弾や自民公明内部からの反乱が期待できない以上、
一つしかない。野党の物理的抵抗のみである。
「#検察庁法改正案に抗議します」の巨大なリツイート数が、
ここで、物を言う。野党をして、物理的抵抗に踏み切らせるのだ。
強行採決を実力阻止せよ。議場をロックアウトせよ。
一部マスコミの、国民の、批難を浴びる覚悟を持て。
問題を、可視化させるのだ。
強行採決しようとする安倍総理が正義か、
それを実力阻止しようとする野党が正義か、
事の本質は、検察庁法改正の是非に掛かる。
そういう闘いが、必要なんだ。
そういう闘いを、怖れていては、
事の本質を問う、事態へと発展していかない。負け戦が続くだけ。
僕が、青年の頃だ。日本は、一億総中流と謳われていた。
社会主義の理想は、西側の日本でこそ達成されたと、
旧ソ連の高級官僚、ノーメンクラーツが呟いたと、伝聞されている。
その頃、実力行使は当たり前。今のJR、旧国鉄なんて、
労働者の権利を守るために、毎年ストライキ(運行中止)か、
遵法闘争とかいって、サボタージュ(運行遅延)に、訴えていた。
で、国民の多くは、しょうがねえなあと思いつつ、
その非日常を、愉しんでいた。これ、ほんとの話。
そうした、実力闘争を許容していた。民主主義って、
そうした、コストがかかるってことを、多くの国民が認めていたんだ。
日本すごい、って、そうした日本を、いうんだよ。
だからこそ、戦後日本は、奇跡の復興を遂げたんだよ。
僕は、安倍総理を支持して止まない、
いわゆる「ネトウヨ」のみなさんに、言いたい。
安倍総理は、クソだ。やつが、やつこそが、
日本を、凋落させる、のだと。