僕は、座間宮氏同様、安倍政権打倒を願っている。
だから、お願いだ、左派・市民派のみなさん、
氏の分析・提言を、真摯に受け止めてください。
氏の分析・提言は、傾聴に値する。

しかし、その前に、氏に、何があったのだろうか。
僕が、氏を初めて見、その言動に接したのは、
反原発運動盛んなりし頃、毎週金曜経産省前の抗議行動の現場、
である。もう5年以上も前のことになる。
一見、面白いと思った。革命の鼓動を感じた。
こうした、若い人たちが、登場してきたのだと、ワクワクした。
マイクを握った彼の声明は「ザマァミヤガレ!」の名乗り通り、
反体制のそれだった。キレッキレだったと覚えている。
それが、この様変わりである。多分、自分が頼みとした、
新しいメディアであるSNSのやり取りの中で、心底傷ついたのだろう。
顧みて、これじゃダメだと、自分を含めて、こいつらダメだと。
氏の分析・提言は、なるほど、尤もなものだ。
左派・市民派の運動は求心力を高めるだけに過ぎず、
それに満足していて、遠心力がまるでない。その通りだと思う。
そして、その解決方法として、保守層を切り崩せと提言している。
そのために、保守層へ、寄り添えと提言している。
それができなければ、政権交代など有り得ないと、
声涙下るがごとく、訴えている。
僕は、感無量である。若い人が、それも、
ザマァミヤガレ!と啖呵を切っていた人がである。
方法論として、多分、正しいんだろう。確率論的に高いから。
しかし、若いって、夢を追うことだろ。
政治シーンでいえば、革命の夢を追うことだろ。
僕は、1969年、ウッドストックが開催された夏、高校1年だった。
翌年の夏、封切館で、ウッドストックを映像体験した。
俺はこれだ!と思った。そしてそこから、僕の精神は、
一歩も進歩してない。同時に、一歩も退歩していない。
そうした僕から、彼をみれば、である。
しかし、氏は、あくまでクールだ。
だから、革命を成し遂げたければ、
保守層へ寄り添い、これを切り崩すことから始めなければならない、
そう提言している。なんて老成した意見なんだろう。
正しい、正しくないでいえば、氏の提言の正しさを、僕は覆せない。
でも僕は、理解はするが、同調はできない。んなのカッコよくねえ。
僕のファイナルアンサーは、いつだってカッコいいか、悪いか、だ。
そして、その判断基準に沿っていえば、
現行の左派・市民派の運動は、カッコ悪過ぎて、とてもついて行けない。
およそ、個々の人間に寄り添っていない。アップデートでない。
仲間内での満足に浸るなよ、仲間外へ働きかけようぜ、
座間宮氏の提言通りである。
保守層に寄り添い、これを切り崩す。マジ政権交代を願って、
マジ考え抜いた結論だろう。でも、僕の結論は違う。
氏はリアリストで、僕は極楽トンボ、なんだろうな。
ただ、氏も言い添えてはいる。
「風が吹けば、また違いますけれども」である。
僕は、そこに賭けたい。風を、吹かせたい。
そのためには、保守層をすっ飛ばし、
年収200万以下の非正規雇用者層にジャストミートすることだ。
れいわ新選組と共産党が統一戦線を組み、
「消費税廃止で結婚できる暮らし!」の一揆むしろ旗を挙げて、
民主革命の風雲を興すことだ。
でも、座間宮氏は、日本人のメンタリティを鑑みて、
それは有り得ませんって、言うんだろうな。きっと。