本作は文学賞に縁遠かった作家に斯界の最高峰、野間文芸賞を齎した。
作家は時を経ずして鬼籍に入った。以て瞑すべしというべきか。
僕は平成日本文学のベストワンに町田康「告白」を推すが、
本作もまた、時代を画す傑出した作品であろう。
破天荒な試みである。作家は、記憶もまだ生々しい戦後日本を、
歴史絵巻として描くのである。昭和二十八年生まれの昭生から、
豊生、常生、夢生、凪生、そして平成十五年生まれの凡生まで、
十づつ歳の違う六人の主人公の、一切交わることのない、
それぞれの境涯が嫋嫋と語り尽くされる。
主人公と同等か、それ以上に重要な役目を果たすのが、
主人公たちの近親であるが、作家の掌中の珠である王朝文学からの影響であろう、
彼らには名前がない。昭生の兄、豊生の父の養母、夢生の母といった具合である。
これが、めざましい文学的効果を上げている。
アノニマスなのである。歴史はアノニマスによって作られはしないが、
歴史によってアノニマスは翻弄される。その傷ましさが心の底に染む。
平成が終わる前年に本作が出版された意味は大きい。
本作は、問う。戦後日本の鯔のつまりを。
僕自身、戦後日本を六十五年生きて来た。
あゝおまへはなにをして来たのだと…自問せずには、いられない。