負けるとね、そりゃ、ガタガタするさ。
一生懸命関わった人ほど、悔しくて、
当たり散らすこともあるさ。惨敗しても、
波風立たないってほうが、よほど深刻だ。
問題は、総括。ののしりあいに終始するか、
建設的なものがでてくるか。
♪〜勝った負けたと騒ぐじゃないぜ あとの態度が大事だよ~
は、ご存知、星野哲郎演歌の名作。深い世間智がありますね。
僕が労音のスタッフと組んで企画しているシリーズLIVEに、
出演していただいたこともある、哲学者・田島正樹先生は、
自ブログの7月16日付UPのエントリーにおいて、鳥越候補は、
「ストップ・ザ・安倍」のスローガンを掲げよ、と主張された。
卓見である。すばらしい着眼だと思う。
後付けかもしれないが、尤も総括なんて、
すべて後付けですよね。このスローガンで戦っていれば、
結果は、違っていたのではないだろうか。
このスローガンで戦うと、もちろん、
国政と都政は別だ、という批難が殺到する。
でも、そんな批難にひるんじゃいけない。勝負に勝てない。
小池百合子という人は、批難にひるまない人なんだ。
社会人としてはどうかとも思うが、勝負師としては、美質だろう。
その勝負師が、持ち前の勝負勘で、自民党都連に対し、
イメージ戦略であろうが、反旗を翻してみせた。
「小池VS自民党都連」という土俵をしつらえちゃったのよ。
お見事。彼女の大勝利は、この時点で、約束されたわけだ。
後出の鳥越候補が、この劣勢を覆すには、どうすべきだったか。
勝負手を放つことであった。それが「ストップ・ザ・安倍」だ。
「小池VS自民党都連」という土俵を上回る、
「鳥越VS安倍政権」というでっかい土俵をしつらえてしまう。
小池候補、増田候補においてけぼりをくらわせて、
やあやあ我こそはと、大音声の名乗りを挙げるのである。
今は平時じゃない。乱世も乱世、大乱世の世の中だ。
そういう時勢には「乃公出でずんば」という気概を持った存在が、
脚光を浴びるのよ。良い悪いではない、時代感覚である。
これを鳥越候補は、掴みきれなかった。敗着であろう。
もし、初っぱなのテレビ報道で、
選挙公約を訊かれ「がん検診100%」でなく、
「ストップ・ザ・安倍」のフィリップを掲げていたら。
勝負に「たら・れば」は禁句ではあるが、残念でならない。
アベっちにフォーカスすれば、高みの見物は許されなくなる。
小池候補と増田候補の分裂を許した、自民党総裁として、
面目丸潰れなわけよ。非常にいやらしい手。鬼手なわけよ。
もちろん、同様に、惨敗で終わったかもしれない。
しかし、たとえ当選できなくとも、都政から国政を変える、
「安倍の暴走を止める」という選挙運動は、
改憲阻止の前宣伝には、十分になったはずだ。
転んでもただでは起きない、二重の勝負手だった。
火中の栗を拾ってくれた鳥越候補、
分裂選挙回避のために出馬を取りやめた宇都宮候補、
その男気には、ともども敬意を表したい。
開票後の宇都宮発言も悔しさの顕われと、聞き流したい。
僕が危惧しているのは、この敗戦で、
「野党共闘」が崩れることである。それこそが、
安倍政権、イコール日本会議の思うつぼである。
やつらの目的は、安倍政権下での明文改憲である。
これを阻止するには「民共合作」が、不可欠なんだってば。
そして、その果てには、ヨーロッパでは当たり前の
保守リベラル勢力と左派勢力とによる連立政権の誕生がある。
その芽が、生まれつつあるのよ。摘ませてはならない。
もし「国共合作」が成らなければ、中国は日本に侵略されたはず。
日本は中国侵略に成功したはず。やつらは、世界史には無知だが、
大東亜戦史には詳しいだろうから、勘所は知っているはずだ。
あらゆる手段を講じ「民共分断」を図ってくる。それを撥ね除けられるか。
僕らが、政党に圧力をかけていくほかない。不断の努力ってやつさ。
民進党が「民共合作」を忌避するなら、そんときゃ、そんとき。
共産党を野党第一党へ、押し上げるまでのことさ。うわははははは。
どう転んでも楽しいぞ。ザッツ・デモクラシー。