昨日の昼間、たまたま入った本屋で。
急ごしらえの「野坂昭如先生追悼」のPOPと、
とりあえず店内の在庫本を掻き集めたミニコーナーを目にして、
えっ、野坂死んだんだと、軽いショックを覚えた。
青春期、最も入れあげた作家というか、
アイドル、カリスマでした。そのトリックスターぶりが、
カッコよくって、痺れまくっていた。
学生サークルのコンパといえば、
「黒の舟唄」に「心中にっぽん」、
「おりん巡礼歌」に「ぼんぼの子守唄」、
さんざ歌ったなあ。往事茫々。
饒舌体と謳われた、独自の野坂節をパスティーシュした、
旧稿があります。2007年5月の初出です。リエントリしたい。
戦後日本社会を疾走した鬼才への、一ファンからの手向けです。合掌。
ー 野坂昭如の一念 ー
この春はじまった、毎日新聞の連載エッセー
「七転び八起き」が、面白い。下掲は、4月9日付朝刊に掲載された一編。

十年どころか三十有余年一日の「日本人は米を食え」の野坂節なれども自給自足念仏の耳タコのと一笑に付して終い切れない何かが恰度しこりの如く腹に溜まり、その所在しかと判ぜぬまま確かに痛み伴う。
もとより売文稼業から叩き上げた手練の筆遣いその成せる技でもあろうが、かの三島由紀夫をして吉行淳之介をして刮目せしめた野坂文学の髄、勘所、当世風に洒落て申せばアイデンティティのレーゾンデートルのトラウマのと呼び名様々なるも、とどのつまりが昭和ヒトケタ戦災弧児カッパライに感化院焼跡闇市育ちの血の叫び魂の発露。名作「火垂るの墓」を生んだ鬼才野坂の虚仮の一念、新聞連載の軽い読物に於いて尚色濃く滲む。