ひとことで言えば「極悪非道」である。
阿漕な真似しくさって「てめえ、それでも人間か」である。
あるいは、チャンコロの首を刎ね、
「人間の条件」に懸けて、それに抗議した中国人捕虜と
良心の日本人労務管理者の仲代達矢に包囲される、
関東軍憲兵の安部徹か。
沖縄に対する、安倍政権の対応である。
11月5日付毎日新聞夕刊「特集ワイド」が伝えてくれている。
こんなことが、許されるのか。許されていいのか。
僕はもう、いたたまれないほどに、恥ずかしいよ。
義理とか人情とかいうものが、あるだろう。
美しい国の、伝統を重んじる民族ならば、だ。
正義とか倫理とかいうものが、あるだろう。
近代社会の、ルールを学んだ人間ならば、だ。
大東亜戦争末期に於いて、沖縄は、本土防衛の捨て石となった。
「後世、特別の御高配」があって、然るべきじゃないのか。
それを、まるで、植民地のように扱いやがって、どぎたねえぞ。
沖縄戦で亡くなった英霊に対する、冒涜でもある。許せないね。
問題は、沖縄だけの問題じゃない。
安倍政権は、国民主権が、嫌いなんだ。国家主権で、
これに歯向かう者は、力づくでねじ伏せようとする。
アホのアベっちの後ろ盾・日本会議は、
フロント団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を立ち上げ、
改憲まっしぐら。なんせ奴らは、国民が国家権力を縛る、
立憲主義の理念そのものを、日本の「国柄」に合わないと、
否定しているのだから、空恐ろしい。なにが、国民の会だ。
そして、現総理が、そんな反近代組織に
ビデオメッセージを寄せる。
もはや、尋常じゃない。いま、戦わなかったら、
敗戦後、GHQ民政局が与えてくれた、自由と民主主義は窒息。
国家権力に楯突かない範囲でしか、認められなくなる。
もし立ち上がって、安倍政権の野望を挫いたならば、
戦後民主主義は、擬制ではなく、真制となるだろう。
沖縄県人の戦いを、日本国民の戦いへ。
NO PASARAN!奴らを通すな!