今、
話題の「SEALDs」のメッセージだ。
僕、ガーンときたよ。さらに、こう続く。
「単純に憲法があって良かったというわけでも、
この70年全てを肯定するわけでもないけれど、
少なくとも武力で他国を攻めることはしない、それは守ってきた。
未完成であるこの国が追い続けてきた理想を、再び掲げなければならない」。
ゲバラ、みたいだ。真の革命は愛という偉大な感情によって導かれる。
「SEALDs」の若者たちの言葉の奥には、愛がいっぱいある。
「安倍晋三から日本を守れ」という、純情一途な思いがある。
その思いは、立憲主義に立つ改憲派の保守とも、
似非ではない愛国の右翼とも、手をつなぐことを可能にする。
しかし、嫉妬であろうか。注目されると批判し出す人がいる。
その運動方針はヌルいと「SEALDs」に対する批判が、
こともあろうに、左翼陣営から起きている。ったくもう。
首都圏反原発連合が、キンカン抗議行動を興したときと同じだね。
だからさ、そう考える人は、自分の信じるやり方で、やれば好い。
ひとの恋路と同様、邪魔するもんじゃ、ありません。
僕自身は、戦後連綿と続く、保守専制政治体制そのものに対して、
うんざりしている。だから「SEALDs」の戦後政治に対する評価には、
点数甘くね、とも思うが。ポイントは、ここだ。
「未完成であるこの国が追い続けてきた理想を、再び掲げなければならない」。
ま、理想を追い続けてきたとは、到底思えないけれど。それは、それ。
戦後民主主義が擬制というのであれば、それを真制に、していきまっしょい。
安倍内閣ってゆうか、日本会議の擡頭は、その試金石となるはず。
そう、今こそ、戦後民主主義の逆襲だぜ、ベイベエ!ってことで。
「SEALDs」のみなさんへ。
日本の戦後民主主義は、とても不幸な生い立ちです。
それは、勝ち取ったものではなく、与えられたものだからです。
だから、擬制だと考える人がいます。代表的な文化芸術家は、大島渚です。
すばらしい表現者です。ぜひ
「愛と希望の街」を観てください。
だから、真制にしようと頑張った人がいます。代表的な文化芸術家は、浦山桐郎です。
すばらしい表現者です。ぜひ
「キューポラのある街」を観てください。
あなた方に初めて遭遇したとき、僕は、あっ、キューポラの吉永小百合だと思ったよ。
甘いっていえば、甘いよ。でも、とっても一生懸命で、すっごく好感を持ちました。
だから、僕は、
断固「SEALDs」支持だ。配られたフライヤーを受け取った瞬間から、
一発で、好きになっちゃったよ。だって、めっちゃチャーミングなんだもん。
戦後左翼を越えてゆく、若くて貧しくて凄いこいつらに、
「SEALDs」の若者たちも加えたい。彼らが民青なら民青でかまわないさ。
赤の共産党と緑の市民派による、統一戦線ができるって、ことじゃん。
OK!
クリスマスカラー作戦発動だ。すべては、安倍晋三から日本を守るために。