新宿西口が通勤路となっているので、
ストリートライブに毎晩、出っくわす。
愛とか、夢とか、希望とか、メッセージしている。
で、サビの高音部になると下手なファルセットになる。
揃いも揃ってだ。およそオリジナリティがない。聴くに耐えない。
そうした言葉を発したいのなら、もっと掘り下げろよ。
深く内面に向えよ。上っ面で歌われたんじゃ、たまったもんじゃねえ。
気分の悪いときは、むかっ腹が立たないでもないが、
ま、大概は、今この場が、彼らにとって自己実現のトポスなのだろう。
やってらんない日常と、なんとか折り合いつけて、
路上に立っているのだろうと、耳に栓して通り抜ける。
映画「ヒミズ」の主人公は、この手のストリートライブに出っくわし
殺意を覚えるが、通り魔が現われ、主人公の代替えのように殺人に及ぶ。
愛とか、夢とか、希望とか、気安く口にすんじゃねえよ。
テメエら、わかってんのか。ぶっ殺すぞ、コノヤロー。
憎悪、拒絶、虚無、自棄、あらゆる負の感情が噴出する
絶望の映画だ。絶望の虜となって彷徨する中三男子の住田に、
絶望の同志たるクラスメイトの茶沢は縋る。一縷の希望を住田に託して。
終盤、精神の孤児である二人は互いに寄り添い、ハッピーエンドの雰囲気が漂う。
それは、違うだろう。安易じゃないのか、と観客の僕は、身構える。
すると、住田は自殺へ向う。異変に気づいた茶沢は、自殺を確信し、身悶える。
しかし、住田は自分を殺しはしなかった。茶沢の前に姿を現し、
闇雲に走り出す。茶沢は懸命に伴走しながら、叱咤激励する。

「住田、がんばれ!夢を持て!」
涙腺が決壊した。凄まじいまでのカタルシスが、観客である僕を襲ったのだ。
若い主演男優、主演女優の苦しく喘ぐ顔が、とてつもなく美しい。
これが、映画だ。映画の力だ。
疎外された人間同士の寄る辺ない魂の邂逅を描いて滂沱の涙を流させる
ラストシーンといえば、60年代山田洋次喜劇の最高峰「なつかしい風来坊」に
とどめを刺すが、かの傑作に比し、まったく遜色がない。
「ヒミズ」は、2000年代初頭に発表された漫画の映画化だという。
園子温は映画化にあたり、リアルタイムの2012年に設定し直した。
言うまでもなく、
3.11を踏まえての改作である。
想像を絶するような過酷な目に遭っている人に対し、
「がんばれ」と、言っていいのか?言えるのか?
言っちゃいけないんだよ。でも、言わなきゃどうしようもねえ。
到達した結論を、監督は「希望に負けた」と述べている。
凶悪と呼びたいほどの映像表現の過激さとは裏腹に、
園子温の映画の奥には愛が、愛が、いっぱいある。