図書館へ行く。日本文学の棚をあいうえお順に辿る。
背表紙を眺める。左から右へ、流し読みしていく。
時々立ち止まり、本を手に取り、また棚へ戻す。愉しい時間ですね。
ま行まで来る。「町田康」の名札があり、
人
間
小
唄
はたと足が停まる。目が点になる。
肚の中で、瞬間湯沸し器のように笑いが沸騰した。
僕は、コピーライターで何十年も飯を食ってきたが、
人間、ときて、小唄、と付けられるもんじゃ、そうそうありません。
人間、ときたら、讃歌、とかね。普通は、そんなもんでしょ。
で、そうした凡庸が、凡庸ゆえに、
間違って時代の寵児になったりもする。
秋元康、とかね。
なんで「川の流れのように」のような凡庸な歌が、
天才歌手美空ひばりの代表曲足り得るのだろうか。信じられん。
そうした現代ニッポンのブンカ情況を、
作家はトホホと思っている。箱と思っている。
箱とは、本作で作家が創作披露した、蛸、以上の罵倒語です。うわははははは。
鬼才の言語感覚をテッテ的に貪る小説だろう。
フリーキーでアナーキーな文字の連なり、与太話を、小説として
成立させてしまうというか、放り出してしまう作家の豪腕に唸るほかない。
笑って笑って笑い死ぬほど面白い。が、読後感はよくない。悪意の小説だからね。
エントリタイトルの「はいからに天かす入れるな」は、知る人ぞ知る
作家のパンクバンド時代のパフォーマンス。僕は、中島らものエッセイで読んだ。
自己同一矛盾である。本作にも滲んでいる。作家の生涯の主題であろうか。
実は、純文学がいちばんアブナいんだ。あらためて、実感。