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朝青龍が、好きだ。別にその人間が好きなわけじゃないってゆうか、
人間性なんて知らないし、関心もない。関心があるのは、相撲だ。 朝青龍の相撲は、秋霜苛烈。すこぶるエキサイティングだ。 相撲の本質が、格闘技であることを十全に表現している。 それだけでもう、立派に横綱の資格があると僕は思う。 土俵上のだめ押しやガッツポーズは、殺意に近いような気迫の過剰であり、 土俵外のご乱行も野性のなせる態と面白く思う。 今回の騒動に於いても、朝青龍を指弾できるのは、基本的には、 暴力を振るわれた被害者とその家族、友人たちであろう。 それを「世間」という怪物が、寄ってたかって指弾する情況に、 僕は嫌悪を覚える。なんだかなあ。魔女裁判ですかあ。 大体、相撲は単なる格闘技じゃない日本文化云々と宣うが。 日本文化と言えば、そりゃもう神代からの話である。 垰やかな天照大御神がいて、荒ぶる須佐之男命がいての日本誕生である。 朝青龍の横紙破りに、僕は、須佐之男命をイメージする。 少しでも古事記を齧ったことのある方なら、ご同意いただけるだろう。 日本文化に限らず、およそ文化とは、多面的なものである。 画一的な文化など、文化の名に値しやしませんよ。 「品格」という一つの価値観を金科玉条とし朝青龍を矯正しようなど、 思い上がりも甚だしい。神殺しである。 朝青龍は荒ぶる神として、土俵内外で暴れまくるのである。 面白いじゃん。日々の平穏に慣らされた僕らを、脅かしてくれる。 かの天才詩人アルチュール・ランボーも歌っている 「十九歳、堅気ばかりじゃやれませぬ」と。 やはり、朝青龍である。「世間」という怪物に追いつめられた土壇場で、 おめおめと土俵を割ることなく、渾身の捨身技うっちゃりを放った。 「世間」もろとも土俵溜りにころげ落ちた。「世間」は、朝青龍を いたぶって喜んでいたのである。それが、引退してしまえば、 その喜びも消える。相撲界は、さらに寂しくなるぞ。 引退会見の言葉が、また素晴らしい。今朝の毎日新聞から引く。 「大変ご迷惑をかけ、大変騒がせ、責任を取って引退しました。最後にけじめをつけるのは僕しかいない。(こういう引き際は)自分にとっての運命じゃないかと思う。相撲に対する悔いはありません」と語った。 自分にとって運命じゃないかと思う。これほど思索的な言葉が吐ける人間は、 今ちょっといないんじゃないか。文学的、実存主義的である。 冒頭、僕は、その人間性が好きなわけじゃないと発言したが、 撤回する。朝青龍という人間が好きだ。
♪〜うたを唄おか口笛吹こか 酔って今夜も何処へ行く
雨になるのか南の風が なんで今更あんたの暖み 影とふたりで今日迄来たが 遠い霧笛を背中に聞いて 弱いおいらに戻ってしまう あゝ昔を想うじゃないが あの娘がくれたブルースよ〜 70年代初頭、学祭のコンサートといえば、浅川マキだった。 「かもめ」「ふしあわせという名の猫」「淋しさには名前がない」 「少年」「ジンハウスブルース」「花いちもんめ」「港の彼岸花」 「死春記」「ガソリンアレイ」「あの娘がくれたブルース」「大砂塵」 「ロンサムロード」「町の酒場で」「こんな風に過ぎて行くのなら」 あの頃の匂いが、立ち籠める。コンパでも唄った、唄った。 カラオケなんてない、手拍子叩いて♪〜真っ赤な港の彼岸花ァ〜 港・霧笛・酒・追憶・男・女というモチーフが示すように、元来は、 西田佐知子とかの歌世界。でも、サウンドがズージャしてる。 そのクロスオーバーが、めちゃんこカッコよかった。 作詩に寺山修司、作編曲にニューハードの山木幸三郎、 バッキングには南里文雄、山下洋輔、稲葉国光、つのだひろ、とかさ。垂涎。 今胸を過るのは、いちばんのフェイバリットナンバーだった 萩原信義のアコーステックギターで唄う、マキ自作の「あの娘がくれたブルース」。 ♪〜あゝ昔を想うじゃないがァ〜僕の青春と共にあった、浅川マキ。 さよならだけが人生だ。合掌。
遅ればせながら。読者のみなさま、あけましておめでとうございます。
本年も「BLOG BLUES」をよろしく、ね。 2007年1月のエントリ「比例区は共産党」以来、 当ブログが、保守二大政党制阻止、さらに敷衍すれば、 戦後連綿とつづく、明治維新から数えれば150年の永きに亘る 保守専制政治体制からの脱却をめざし、その可能性を 共産党のヘンシ〜ン「日本共産党を日本共生党に」求めているのは、 左派・市民派ブログシーンという極く限られた世間のことではあるが、 つとに有名であろう。で、それが全然、通じてないことも。 もうどんだけ口を酸っぱくして言っても、共産党は「アカの壁」に 閉じこもったきり、よう出て来よらんと匙を投げかけていたのだが。 志ある党員は、いるものである。 坂本龍馬、中江兆民、幸徳秋水を生んだ、反体制運動の聖地 南国土佐に陣取る「コミュニスタ紅星」である。 左のリンクリストにも記してある。ぜひ訪ってほしい。 自らも含め、党中央に物申す。草莽の党員たちの愛党精神の発露たる、 止むに止まれぬ党批判をオープンにし、万機公論に計っているのである。 その一部を引用したい。東京・Yさんの堂々たる意見具申である。 ☆本決議案には、部分的には「財界の青写真による強権的国家作り」の危険性の指摘のように的確で新鮮な解明も含まれています。しかし全体としては、残念ながら私たちに「新たな展望と勇気」「誇りと確信」を与えるものになっていません。運動論と組織論を中心に、重大な問題点を三つ指摘しておきたい。 ・・・第一は、真摯な総括と反省の欠如です。・・・毎回恣意的に都合のいい数字だけを抜き出した挙句に、「善戦、健闘」「方針は正しかったが力量が不足していた」という決まり文句を繰り返すだけでは、科学の党の名が泣きます。 ・・・第二は、国民的共同に向けた先進的で斬新な提起の不在です。・・・憲法改悪反対、反貧困や労働組合運動の分野等で青年層を中心にして、既成概念に囚われない斬新で柔軟な発想と感覚に溢れた活動が生まれています。我党も又従来とかく陥りがちであったセクト主義を克服して、思い切って幅広い層に働きかける新しい共同の方針が必要です。その際、過去の大衆運動の引き回し主義の反省を明確にして、その関わりで党を離れていった多くの人たちの名誉を回復し、改めて共同の呼びかけを行うことも検討すべきです。 ・・・第三は、組織運営のあり方の抜本的な見直しの観点が抜けていることです。・・・自分の頭で考え、自分の言葉で語れる党員が支える自由闊達な組織であって初めて、国民や市民団体の信頼と共感を得ることが出来ます。そのためには従来の「民主集中制」のあり方を根本的に修正して、暗く頑なで不自由な組織というイメージを一新することが必要です。… (東京・Yさん) 共産党は今、本当に、正念場に立たされていると思う。 何十年もつづけて来た現行の党の在り様、方針、戦いを今後もつづけ、 支持率数%の国政にほとんどまったく影響を与えることのない弱小政党として、 とにもかくにも組織維持に励むのか。新機軸を打ち出し、 保守二大政党制に割って入るのか。 僕は、後者にしか、共産党の未来はないと思う。 同時にまた、日本の未来もないと確信する。未来を拓く鍵は、 共産党が握っているのである。 わが祖国日本を、米国のような保守二大政党制国家にしてはならない。 そう考える左派・市民派ブロガーのみなさま、共産党員ブロガーのみなさま、 大いにご意見をお寄せいただきたい。なに、匿名のブログコミュニケーション なんだもの。別人28号のふりして、思いの丈をぶちまけりゃいいじゃん。
まだか、まだですか?今年はもうやらないの?
そんな声も聞こえてまいります。誰も言ってねえよってツッコミはなしね。 みなさま、長らくお待たせしました。 もちろん、今年も開催します。年末恒例のB-1グランプリ 『輝け!「BLOG BLUES」へTB&コメントを寄せたブロガー選手権』 2009年度優勝者の発表です。 そうです。昨年につづいて、今年もこのブロガーの頭上に栄冠が・・・ 「大津留公彦のブログ2」堂々のV2!B1グランプリ史上初の連覇達成です!! もう、アホまるだしですが。こうゆうバカバカしいのが好きなんだがら、しょうがない。 いやー、強かった。「大津留公彦のブログ2」の圧勝で終わった今年のB1グランプリ。 何せ毎日更新で、ほとんどのエントリをTBされるのですから、 ぶっちぎり、一人旅も、まあ予想通り。この分では、V3、V4も確実でしょう。 う~ん、これでは、他の読者が、張り合いを失さないとも限らない。 誰も失さねえよってツッコミはなしね。 そこで、来年度からはルール変更します。ラグビーなんかでも、 試合を面白くするために、しょっちゅうしてるから。それに倣って。 来年度からは、 『輝け!「BLOG BLUES」へTB&コメントを寄せたブロガー選手権』を 『輝け!「BLOG BLUES」へコメントを寄せたブロガー選手権』に改めます。 ってことで、よろしく。 では、今年のブログシーン回顧とまいりましょうか。 昨年末からの「年越し派遣村」でスタートし、おお、これは、左派勢力にとって 千載一遇のビッグチャンス!行けえ~共産党と旗を振ったのだが。 まったく、まるっきし、梨の飛礫。 さてこそ、都議選では惨敗。衆院選でも現状維持に止まった。 自前で日刊全国紙を編集発行し、その読者が200万に及ぶという 他党をぶっちぎる政党組織のインフラを有しながら、 貧乏人の力にまったくなれない、貧乏人の利益代表政党って一体? 力を入れることと言ったら、「西松献金問題」「天皇の政治利用」と マスコミ権力総掛りの小沢バッシングに加担するばかり。 これじゃ世の中、変わらねえべ。 共産党系ブロガーは、党中央追随をつづけていてはならない。 自分の頭で考え、自分の言葉で語り出す時期であろう。 それが、僕のないものねだりなら。死んだ子の歳を数える他ない。 「みどりの会議」解散が、つくづく悔やまれる。実に、MOTTAINAI! ま、政治体制、村上春樹の言葉で「システム」ってやつが どうあろうと、個人は個人で、生きてかにゃならんわけで。 生きてく以上は、楽しんで生きた者が勝ちなわけで。 面白きこともなき世を面白く、生きて行きまっしょい! 読者のみなさま、今年も一年間、ありがとうございました。 来年も「BLOG BLUES」を、どうぞご贔屓に。それでは、よいお年を。
当ブログでは、異例の更新頻度である。
天皇の「特例会見」を巡って、保守反動勢力の言動は論外として、 それに同調するかの如き護憲政党と、その支持ブロガーのテイタラク、 マヌケぶりに強い怒りと落胆を禁じ得ないからである。 イチローくんは、決して保守反動ではない。 筋の通った民主主義者であり、建設的な改憲論者だ。その論考は、 傾聴に値する。反・保守反動の砦となるのは、憲法の何たるかも よく解し得ない自称護憲政党でなく、イチローくんかも知れない。 保守反動勢力のお先棒担ぎ、サンケーしんぶんが、 執拗に小沢バッシングを繰り返し、赤旗志位之助の発言 『天皇に対する内閣の助言と承認は、国事行為に限られる』を援用するのは、 その状況証拠だ。目の前が、真っ暗になりますなあ。 さすがに共産党の中からも「内閣の助言と承認」を「天皇の政治利用」として 批判する物言いの危険性に気づいたのか、ハナっから気づきなさいよ、 あわてて糊塗する言説が現れた。それがまた、恥の上塗り。 「超左翼おじさんの挑戦」という共産党系ブログだ。このブログは、 コメントには対応しないという管理方針を採っているので、 コメント投稿でなく、エントリを上げ批判する。こんな内容の発言だ。 『こうした問題が起こるのも天皇が外国の要人と会見するからだ。 外国の要人とは、会見しないようにすべきだ』はあ? それって、戦前の「神聖にして侵すべからず」の皇室の在り方への 反省から生まれた「開かれた皇室」に対する保守反動、逆コースじゃん。 近過去を繙いてみましょう。 戦前の昭和天皇は、外国の要人とは、ほとんど会見してないはずだ。 そんなことを頻繁にしては、天皇のハローエフェクトが薄れるからね。 天皇国家主義者たちは、どうすれば天皇を神格化できるか、 とことん知恵を絞り抜いた。そりゃ見事なものさ。 だから、敗戦後。天皇国家主義者たちの猛反対をGHQが一蹴して、 あの超有名なマッカーサーと天皇の2ショットが公開された時、 日本国民は、大きなショックを受けた。あれこそが、人間天皇の第一歩だった。 件のブログ主は、ジャーナリストだそうだが、ジャーナリストに必須の 歴史感覚が欠如しているのではありますまいか。 天皇を神格化させない最も有効な方途は、露出である。 交際の場を広く持つことである。体調、スケジュールの許す限りに於いて、 外国の要人とも積極的に会われるべきと僕は考える。天皇を神格化したい連中は、 それにブレーキを掛ける。言わずもがなの「30日ルール」だ。 これを遵守することが不文律となれば、どうなると、あなた思う? 内閣の上に皇室が置かれる、そうゆう空気が醸成されるってことだ。 で、日本って国は、なぜか空気によって支配される。「30日ルール」では足りぬ 「1年ルール」にすべきだと主張する「超左翼おじさんの挑戦」は、 本意とは裏腹に、超右翼おじさんの挑戦に、協力することになるだろう。 戦いには知恵が必要だ。そして原理原則をしっかり捉えることだ。 遵守すべきは、日本国憲法である。その理念、本旨である。 日本国憲法では、天皇は憲法の下に在り、 天皇自体に主権はなく、主権者である国民統合の象徴とされている。 外国の政治指導者が、日本国民と仲良くしたいと思った場合、どうします? 国民と会って言葉を交わすのが一番だが、1億2千万が相手では不可能だ。 だから、国民統合の象徴たる天皇との会見を望む。イッツ・リーズナブル。 無碍に断っては、マズいっしょ。 自分たちのミッションと皇室一家が考えている、国際親善が果たせなくなる。 天皇は鉄人28号じゃない。切れば、あなたや僕と同じ赤い血の出る、人間天皇だ。 尊重してあげようよ。それとも何かい、それは、不敬とでも言うのかな。 天皇とそのご一家が国際親善を望んでおられることは、 日本国民周知の事実である。外国にも知れ渡っているかもしれない。 ならさあ、その分野で活躍してもらえればいいじゃん。いいことじゃん。 天皇の行為を「国事行為」の十ヵ条に止めるなど、烏滸の沙汰。天皇の 幽閉であり、天皇の神格化、天皇国家主義へのマイルストーンとなるものだ。 赤旗志位之助!即刻、共産党委員長を辞任せよ。 共産党は、護憲政党の看板を返上せよ。 敗戦後、日本国憲法が発布され、天皇と国民の距離がぐっと縮まった。 美智子妃なんて「ミッチー」と呼ばれたんだよ〜ん。女性雑誌は、 「美智子様はノースリーブを好んでお召しになり、二の腕の美しい 美智子様には、それがとってもよくお似合いになる」なんて記事を書いた。 ステキでしょ。そこには、戦後民主主義の開放感、軽やかさが息づく。 天皇国家主義から最も遠いのは、利口ぶった左翼の言説などでは断じてない。 美容院へ行けばころがっている、「女性自身」の低俗性である。
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